Monday, June 8, 2015

住む世界の違いとか,それぞれのつらさに思いを寄せてみる2015梅雨。

一昨日。長野県松川高校演劇部の『べいべー』を観ていて,ちょうど他にも書きたかったことがあったのを思い出しました。



「何がつらいかなんて人によって違う」みたいなせりふがあるんですが,そこで(は。そういえば!)って。



私の知り合いの方で,○○大学の修士課程を出られた方がいます。
○○大は,まぁ日本だったらそこを出れば超優秀でしょうと万人が思う大学です。私もそう思ってます。

しかし社会人としてそのひとを見ていると,「あれあれ?」と感じることが多々あるのです。平たく言うと,他人から責められることを過度に恐れ,相手が誰であれ自分が優位に立とうとしているのが言動からよく伝わってくるのです。(本人がどこまで自覚していてそれをしているか,無意識のうちにそうしてるかはわからんけど)

あまりにびっくりなので,それを大学院受験の予備校で一緒だった友人に言ったことがあります。今その予備校でバイトしている友人はこう言いました。

「あぁ,その大学はね,ほとんどの人が博士過程に行くんだよ。修士止まりっていう負い目があるんじゃない?」



はーーーーー。(゜_゜)

そうですか…。そういうものなんですか…。



平均的な能力のニンゲン代表カサハラからすると,もちろんその学部を出るだけでじゅーぶんなんですが…。

その大学に入ったら入ったで,その世界のニンゲンにしかわからないこともあるのですね。


…そんなことを思ったエピソードがあったのでした。

(※もちろん,その人が修士課程で修了していることで,その人のパーソナリティや対人スキルを全て説明できる訳ではありません。念のため。)



さて『べいべー』の話に戻ります。

登場人物のひとり,さくらちゃんはIQ100という能力をもって生まれてきます。
IQ100といえば本当に平均ど真ん中の値。統計学の理論では±1SD(85~115)の中に全体の約7割が入ると言われています。さくらちゃんの家族は皆140なので,超超人ということがわかります。(ちなみに日本で一番偏差値の高い国立大学の人にちのーけんさを取ると,最低が120くらいらしい…。)

40も離れていると…。そりゃ家族内でスムーズにコミュニケーションを取ったりするのは難しいな~と思うわけです。
140の世界の当たり前と,100の世界の当たり前はきっと全然違う。もはや異文化。
140の世界のひとは,100の世界のひとが何にわからなさを感じているのかに思いを寄せなければ,お互いを理解することはムズカシイ。

世の中的にはなんにも問題ない平均ど真ん中さんが,こんなに苦しむとは…。

さくらちゃん,あくまでさくらちゃんは平均ど真ん中なんだよ。それって他のひとからしたら,ごくごく普通ってことなんだよ。必要以上におうちのひとと比べたり,自分を蔑んだりしないで。


…と,ついつい思ったのでした~(;ω;)


ちなみにカサハラさんも例の友人にちのーけんさ取ってもらったことがあるので自分のIQ把握してるんですが,ごくごく平均のニンゲンでございまーす(´∇`)b


そうそう。脱線するけど今の中学生が統計勉強するって知ってちょーびっくり。うらやましい!私が学部3年4年のときに予備校でゼロから勉強したあれはなんだったんだ!ゆとりめーっ。



そんなこんなで,住む世界が違うひとのはなしと,そこへ思いを寄せるはなしでした。
(あ。私は日々ひとさまのちのーをそくていさせていただいていますが,未だ140に出会ったことはありません…。)

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