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Tuesday, August 23, 2016

英単語が覚えられないのはどうしたらいいのか,英語の先生に聞いてみた。

ごきげんよう,カサハラです。

最近自分の趣味とか好きなことばっかり書いてて,ちゃんと仕事をしてるのか自分でも怪しくなってきたので,たまにはこんなことも綴っておきたいと思います。


さて,本日のお題はタイトルの通り。「英単語が苦手」という中学生さんを持つ保護者の方の相談が先日ありました。

おうちの人に持参していただいた学校の定期テストとかを見てみると,確かにスペリングだけ苦手ですね…という様子が紙面からも伝わってきました。

私は困りました。

(英語か~。ひらがなとか漢字じゃないのか。)と…。

漢字が定着しづらいという相談は今までもたくさんあったし,それに対する支援方法もいろいろあったりするのだけど,英語か…。


心理の先輩に聞いても「ムズカシイよね。あんまり相談数としてはないかも…。」という話になり,これは心理職だけでは無理だと判断。上司に英語の先生がいたので,苦手さに対してどんなアプローチがあるのか聞いてみました。

英語の先生からしても,英単語を覚えるという指導は難しいのだとか。日本語は一字に対して一音だけど,英語はそうじゃないから。ルールがあるわけでもなく,複雑だから。書いて覚えられるならいいのだけどそうじゃない場合,どうしていけるといいのか。上司の考えはこうなのだそう。


「スペルを覚えることにこだわらない」

「フォニックス読みを復習する」

「英語を嫌いにならないようにする」



まず,「スペルを覚えることにこだわらない」。学校の先生は覚えろ覚えろと言うのだけど,それで覚えられないんだから困っているわけで。苦手なものをひたすらやるのは苦行なので。
もちろん,覚えられることに越したことはないのだけど,決して諦めるという意味ではなく,完璧に覚えられなくてもまぁいっかというスタンスに立つことも大事なのだとか。きっとそれを現場の先生や保護者の方に伝えると,抵抗はあるだろうけど。

だけど,ゼロから書かなきゃいけない機会ってペーパーテスト以外そんなにないので。それよりも上司は,「ちゃんと読めて,意味がわかることの方が大事」なのだと言います。
「それが好きじゃない先生もいるけど,英文の上にカタカナで読み方を書いて,それを読んだり喋れる方が大事。今の授業はただ読んで訳す授業というよりも,実際に会話のやりとりをする課題が多いから,それに乗れることの方が大事。ちゃんと読めて発表とかができれば,授業に参加したことになる」のだとか。
なるほど…。上司の知り合いで,プリントを刷る時に,中身は同じで,片面は読みのカタカナを振ってあるもの,もう片面は振ってないものを用意する先生がいらっしゃるみたい。生徒さんは自分ができる方を使って,発表とかするみたい。なんて支援的なの~!それ私が中学の時にやってほしかった!

(ちなみに「こだわらない」って保護者の方に伝えたら,やっぱりびっくりされておられました。「テストでは書かなきゃいけませんよね?」って言われました。でも<本当に0から思い出して書かなきゃいけない問題数ってそんなに多くありませんよね。一点問題の英単語の問題より,三点問題の並び替えをきちんとできた方がいいと思いませんか?>って伝えたら,少しわかっていただけたような…。)


次に,「フォニックス読みを復習する」。ぱっと聞いて(ん?)と思ったけど,今の中学生は一度は触れているらしい。フォニックス読み。うまく説明できないので,このサイトとか参考にどうぞ。笑
日本人が英語ができない理由の一つに,きらきら星のリズムの「ABCD~♪」の歌が元凶にある…みたいなこともそういえば昔聞いたことあったなぁ。フォニックス読みは英語の規則性に基づいた読み方なので,それがわかれば知らない単語でも読めちゃうようになるのだとか。ほー。
一般向けの教材なんかもあるらしいので,復習するといいかもねって上司が言ってました。

(余談だけど,私は中2の時に発音記号にハマって…というか新しい単語を書くときにスペースを稼ぐために,単語の横に発音記号と読み方をひらがなカタカナで書いてました。笑
それをずーっとやってたら,発音記号と読み方がわかってきて,別の単語でも「こう読むのかなー」って見当をつけられるようになったのは収穫でしたな…。)


最後に,「英語を嫌いにならないようにする」。「スペルを覚えることにこだわらない」ってところにも関係するのだと思うけど,結局嫌いになってしまったら,得意であろうが不得意であろうがやる気につながらなくなっちゃいますよね。という話。嫌いにならないために,「こういうやり方もあって,これでもいいんだ」と思えること(本人もだし,先生もその生徒さんに課すボーダーラインを下げる必要はあると思う)が大切なのだそう。たくさん書くのが苦手なら,今はタブレットとかで勉強できる英単語のアプリもあるし。書けなくても,正しいのはどっちかなーって選択できたり,これってこういう意味だよねというのがわかれば,それで良い!のです!漢字で薔薇と書けなくても葡萄と書けなくても,読めたり選択できればおっけ!ということにしましょうということです。


うまく伝わるのかいまいち自信がありませんが,自分のためのメモとして残します。もし何かのヒントになれば幸いです~。

Tuesday, June 28, 2016

どこで何するかで 選びとらなきゃ。

通勤中の考え事。

例によって昨日はSVだったのですが,なんか流れで先生の仕事先の一つである,いわゆるFランクの女子大の学生相談の話を聞きました。

すっごいな。これが大学のすることなんだ。と,正直思ってしまいました。

そして(言い方悪いけど)「そういうひと」でも大学に入れてしまう。卒業できるかは別として,最低限“大学中退”の学歴は手に入ってしまう。
それが就職や自立に繋がるかは全く別物だけど。そういう肩書きがほしかったら,意外と手に入ってしまうもんなんだなと思いました。

確かに選ばなければ,本当に大学って入れるのだと思うけど,そこで何をするのかだよね。
同じ時間を過ごすのであれば,高卒でもその後は支援センターとかでコミュニケーションスキルを身につけたり,訓練校とかで職業訓練的なことを受けたりする方が,よっぽど。という感じがすごくしてしまった。

あー。
私が隔週で会っているこの子は,どんな大人になるのだろうか。
どんな大人に,周りはしたいと思っているのだろうか。

でも昨日SVを受けたら受けたで,毎回いろんな情報が入ってきては錯綜していたものが整理できた気がする。

とりあえず私は私の仕事をしよう。



じゃ,平均が大多数の集団に触れてきます。しゅっきん!

Sunday, May 8, 2016

いくつになっても自分のことはよくわからないし,ふとした瞬間に少しずつ考えては理解していく存在なのだろう。

ごきげんよう,カサハラです。

今日書くことはタイトルの通りです。

身体のことも,心のことも,自分のことはよくわかりません。

身体に関して言うと,昨年生まれて初めて「皮膚が薄いですね」と言われてうそーんと思っていたけれど,一昨日手でタオルを絞っていたらまたべろりんちょと皮がむけてしまって,やっぱ薄いのかもしれないと思ったり(そして痛い…),謎の腫瘍っぽいものを,なんとなく見つけかけています…。

心というとおっきい話だけど,思考とか感覚とか,そういうところも,自分で考えたりべんきょうしたり人と話しているうちにピピーンと来たりして,いくつになっても自分自身のことはよくわからないなぁと思います。

今日は,最近ピピーンときたことふたつを,忘れないために書いておきます。


下っ子感について(職場のエルサ先輩より)

「リカちゃんって下っ子感あるよね」

と,ある日ある時何でもない日,お昼の時間の話の中で,エルサ先輩が言ってました。

上っ子感 下っ子感 というのは,エルサ先輩の造語で,まぁ言葉のまんまで,お姉さん感妹ちゃん感とでも言えばいいのでしょうか。

私自身もそれに異論は全くなく,ぐいぐい引っ張っていくリーダーっぽい感じは皆無だし,自分で改めて書くのもアレですが,先輩によしよしされるのが好きな方です。笑

そう。後輩より先輩の方が好きなのは,以前から自覚していました。
男女に関わらず,年下より年上が好きです。笑
だから本当にその通りでーすって感じなんですが,

この「下っ子感」というワードをもらってから,私気づきました。

先輩って言うか上っ子感があるひとと合うんだわ,私。(正確に言えば合うような「気がする」。)

これまで大学やバイトなんかでいろーんな後輩というものに出会ってきたけど,「なんとなく大丈夫」な後輩と「なんとなく苦手」な後輩がいて,その違いって何だろうとずっと思ってきたのです。同じ後輩だけど,何が違うのだろうと。

そして気づきました!
下っ子感がある後輩が苦手だ!!
上っ子感がある後輩は平気だ!!!

なんだろう。下っ子感のある後輩は,キャラが被ってアイデンティティの危機を無意識に感じているのだろうか…。上っ子感のある子の方が,気持ちが楽なのだよね。なんか私とは違うなという感じがあって。私とは別路線だなって。

そういえば先輩でも,下っ子感のある先輩は苦手だったかもしれない。そんなに多くは出会わなかったけど。

…ということに気づいてから,なんだかとても世界がまぶしいというか。新たなお宝を発見したときのような気持ち。笑
職場にいる同い年の先輩とうまくやれているのも,先輩が上っ子感満載だからなのだと思う!

でもって職場の先輩からは,新しく入って来た後輩さんのうちの一人(私の隣の席。下っ子感ある。)と私のやりとりを見ていると,「リカちゃんが引いている」らしいので,うひょーまじかそう見えるのかーと思っています。嫌いじゃないんだよ。後輩ちゃんに罪はないのだよ。私の問題なのだよ。

原因がわかったから何か改善できるわけではないけど,でも新しいものの見方を得られたことは,大きな収穫です。


迫られると逃げる(大学院の先生より)

SVを受けています。
SVとはスーパービジョンのことです。
自分が担当している面接(ケース)をまとめ,熟達しているひとに見ていただき,助言をもらうことです。
私は大学院生のときから同じ先生に見てもらっています。大学院を修了するときに,「今後必要であれば職場のケースも見てあげるわよ」と言ってもらえたので,昨年の春から間が開いていたけれど,今年に入ってからまた見てもらうようになりました。

一回一回の面接を字に起こして,それを先生のところで読み,要所要所で止めてもらって「ここはこうなんじゃないの?」とかって言ってもらうわけです。
ケースのやり方についてはもちろん,時に私自身の態度についてもつっこまれます。

そうです。こないだつっこまれました。

ケースのことなのであんまり言えないですが,とりあえず前回私がゴリゴリ押して,今回その反応がクライエントからあり,クライエントから近づいてきた感があったのですが,それに私が応えきれなかったという感じ。それに対して「なんかせっかく来てくれてるのにカサハラさんが引いちゃった感じだね」と。




結構,

これは,

きました。




というのも,私自分が好きになった人とか,好きになられた人とかがこれだわと思っていたんです。前々から。(こういうのをインターネットに書くのも正直どうなんだと思いますが。自己理解…,自己理解のために…。)

いろいろ思い返せば,好きになられるとなんか引いちゃうひとでした。引いちゃうというか,どうすればいいのかわからない。嬉しくないわけではないのだけど,対処しきれない感じ。

この,引いちゃう感じというのは,恋愛に限らず,私の持つ対人パターンなのだと思うと,これって心理のひととしてかなり致命的なのではと思ってしまったのです。いや心理も致命的だけど人としても致命的かもしれん。笑

うわー。まじかー。

と,思っているところで,今日勉強会に行き,改めて復習したのですが,

【その人の持つ対人パターンは18ヵ月で決まる】

のでした。そうでした。生後18ヵ月の母親との関係が一生を決めるらしいですよん…。
1才半の私よ,何があったんだ…。(別に私は虐待もネグレクトもされてない,はず…。ぎゃわわん)



はー。やっぱり人と関係編むの不器用だー。だから心理職なんですよー。
FacebookやってもTwitterやっても直接の関係が重要なのだよー。
はー。克服したーい…。
迫ってくれる人を募集したーい…。(どういうこと)

…いや,迫ってくる人は誰でもというわけでもないか。男子だ。男性だわやっぱ。女子にはいくら迫られても引かない。はず。いや違う。今後輩がぐいぐい来て私引いてるらしいから。傍から見たら。
あぁぁぁぁ~。


うーん,自分自身を理解するのってムズカシイなぁ。
とりあえず不器用だなぁ。
近づきたいのに(心理的に)近づけないのはなぜだろう。

近づきたいのに。



そんな,最近考えたり理解したことでした。おしまい。

今日の一枚。信濃川だよ。新潟駅からりゅーとぴあへ向かう時に。
こんなふうに穏やかになりたい。

Saturday, April 23, 2016

最近のあれこれ。③

続・続・最近のあれこれ。


③子どもの相談を受ける人としてさ。

今週とにかくぐったりしたのはこれで,もう私はくたびれてくたびれてくたびれてしまいました。


メインの職場の話です。

私の働く相談室は,申し込み内容によって主にメンタルをみる部署と主に発達をみる部署に振り分けられて相談を進めていくのですが,同じ心理職であればメンタルも発達も本来ちゃんとみられなくちゃいけないわけで。

…という話は前にも書いたような気がしているのですが,要は隣のメンタルの部署が本当にメンタルしか見れてないという話です。


逆にこちらは発達発達しすぎているのかもしれないし,その子の内的世界を理解することはとっても大事なのだけど。

だけどその子が現実的に生きていくのは家の中や学校の中で,学齢期の子どもが適応していく場は学校がメインになっていくので,同年齢集団の平均とその子はどれだけ距離があるのかないのかを客観的に把握することはとっても重要だと思うのですよね。

その同年齢集団との比較は何も今現在のことに限らず,産前後から。
そこをさらうことで,今現在の主訴との繋がりも見つかることが多いし。

申し訳ないけど隣の部署が何を聞いてどう継続相談に繋げているか全くわからんのだよね…。
保護者の捉えはこうだけど,実際のお子さんにお会いしてみたらこれこれこうだったとか…というすり合わせとか,どこまでできてるのかなぁーと…。隣の部署なのに不透明すぎる…。

継続相談だって,学校の授業を抜けるなり休むなりしてまで来ているのだから質の悪い時間をだらだら伸ばすのは決してプラスにはならないし。その人の相談である以上,その人の利益になることを提供せねばならないわけで。私達の経験値をアップさせるための時間ではないはずで。子どもの時間はあっという間なわけで。



ということを,木曜あたりからもんもんと考えており,昨日8年目の先輩に思いの丈をぶわーっと喋ってしまったのでした。

同じ心理なのに。持ってる資格はいっしょなのに。もっと歩み寄れたらいいのに…。



と,思っている次第なのであります。薄い時間の引き延ばしは私自身もしたくないので,何のための相談なのか,日々考えながら働きたいなーと改めて思いました。とさ。

あと4日がんばればGW…。学部5年生のGWはムーンライト信州に乗って帰省しました。
これは松本に着いた時の一枚。多分4時半とかそんなん。拡大すると月が見えます。

Saturday, February 27, 2016

プロの仕事をしようよ

教育系の心理職として働いています。ごきげんよう,カサハラです。

今の職場に拾われ,もうすぐ満2年です。今日の日記は社会人3年目を迎えてしまう私の,態度のでかくなりつつある様が表れるものになるでしょう。そして確実に長いです。スミマセン。


お仕事で,人様の知能を測っています。いわゆるIQというやつです。この結果をお医者さんに持っていって,数値によっては知的障害という診断がつくような,そんな資料になるような,超個人情報を扱っています。

テレビやアニメなんかでは,どれだけアタマがいいかみたいな感じで扱われがちですがそうではなく,そのひとのベースの力を測っております。この力を使って,人は新しい知識を獲得していくことができるのです。
ですので…学力テストなんかとは全く別物で,例えば「結果が平均のちょっと下だったから,頑張って勉強すれば次は平均に入るかも」とかじゃないのです。アタマの使い方を見ている検査なので。

私も大学5年の時に検査を受けたので,自分のIQがいくつか知っています。ほぼ平均ど真ん中の,ごくごくふっつーの数値です。それでも,誰かに知られるのはすごく抵抗があります。自分の裸を見られるより,知られたくない情報です。

まぁ裸より数値はあくまでも私の主観ですが,でもそんな,超個人情報を扱っています。


私の働いている職場は,申し込み時の内容によって相談がメンタル系の部署と発達系の部署に振り分けられ,それぞれの心理が担当していきます。知能検査は私の部署しか扱っておらず,メンタルの部署で検査…となる場合は,こちらの心理が検査だけ担当してきました。

がっ,最近そのルールも変わり,メンタル系の心理も検査を取っておっけーということになりました。そもそもメンタルでも発達でも持っている資格は同じで,その資格を持ってるということは検査もとれる(はず)という感じなので。どれくらい検査の経験があるかは個人差。


知能検査でも心理検査でも,なぜ施行するかと聞かれたら,それは相談者の理解のために他なりません。これこれこういうところに困っていたのは,そういうところに特性があったからですねとか,気のせいだと思っていたけど,やっぱり気のせいじゃなかったですねとか。根拠に基づく結果が出ることによって,その人を理解できたり,困りを軽減するためにはどんな対応が必要か考えることができる。
だから,当然ですが,その検査は正しく施行されなければならないし,正しくスコアリングされなければならないし,妥当な解釈ができなければなりません。取ったら終わり,じゃなくて,解釈までが検査です。テスターの仕事です。


で。メンタル系の心理さんが先日初めて検査を取ったのです。スコアリングが終わったようで,パソコンにデータを入力する方法を教えてほしいと言われたので私がお伝えしました。その際やり方を伝えるために彼が使用した検査用紙をぱらっと見せてもらったのですが,超凡ミスを発見。院生がやるレベルのミスを発見。
ここは結果に大きく関わるところなので,言わない訳にはいかないと思い,伝えるワタクシ…。言葉選びが大変だった…。

データ入力後は,「解釈とか教えてね」と,聞こえる感じでは解釈をこちらの心理に丸投げしてくるっぽい発言を向こうの心理さんがしてきたので,そんなことされてたまるかと思い解釈の本を強制的に貸しました。笑
検査に限らず,何か質問するにしても,「自分はこう思うけど○○さんはどうですか」というような聞き方が建設的な聞き方だと思っているので,向こうの別の心理さんにも『テスターじゃないとわからない部分も多いので。(何もわかりません状態では聞きに来ないでくださいね。)』とやんわり伝えておきました。こちらの先輩と共に。


もっと丸投げというか,いろいろ聞かれるかと思ったのですが,そんなこともなく,保護者の方への報告はいつするのかしらと思っていた昨日のこと…。


「カサハラさん,これから報告なんだよ」
と例のメンタル系の心理さんが言っていたので,
『検査の結果と実際のご様子と,一致するところとかありましたか?』
と聞いてみました。

「うん,~~~っていうところとか。」
『え,それって検査のどこから言えるんですか?』
「いや,それは行動観察からかな。」
『あぁー。そうなんですねー。(検査の意味よ…)』
そして流れで検査の記録用紙を見せていただけることに。

が。

衝撃。






スコアリングが…超間違っている…。



ていうかこれ,本当にマニュアル見てれば絶対ミスしないところなんですけど…。という次元のミス。





前に『スコアリングで悩むところとかなかったんですか?』と聞いてみたら「あったけど,マニュアル見ながらつけてみたよ」と返ってきたので,そうですか…と思っていましたが…。

でも多分,同じ部署の先輩達に聞く限り,スコアリングでも解釈でも,毎日検査をバンバン取っているこっちの部署の心理には何も相談がなかったので,こちらもできているんですねと受け取るしかできなかったし…。(お隣の部署に教えることが業務に入ってるわけではもちろんないですが,適当にやられては大変迷惑なので。)

正しく測定できていない結果を返したところで何にもならないし,全てにおいて優先されるべき事項・相談者の利益にぜんっぜんなってない。というか悪影響。少なくとも保護者の方は,お子さんの本当の姿とズレた理解になっちゃうじゃないの。
書類の名前はこちらと共通の名前で発行されてしまうから,なんかもう本当にいい迷惑です。



ということで昨日の放課後,上司に報告…。こんなことが毎回されたら本気で嫌なんですけど…。


今回検査を担当した人は,その他の言動と合わせて考えると,“実績作り”をされたいようで。検査とか,身内の勉強会の講師とか(身内の勉強会の講師が実績になるんかって話ですが)。

そんな,ご自分の経験のために検査取るのもどーなのよと思うけど,っていうか別にそれはどーでもいいけど,そんな杜撰な検査に何の意味も価値もないですよと。思うわけです。




プロなら,

プロの仕事をしようよ。

新しいことに手をつけるなら,やり方がこれで良いのか常に確かめてほしいし,
資格があってこそできることなのだから,責任をもってほしいし,
自分の利益は置いといて,まずはクライエントの利益を優先してほしい。

わからないことはわからないと聞くスキルを発揮することも仕事のうちだと思った件でした。
たとえこちらの部署の心理が,彼から見れば全員年下の女で,勤務年数も短い人達であっても。




あぁぁぁ~。とにかくもう,干支が一回りくらい違う年上のこの人にびっくりしすぎて,今日だけでも10回くらいこの件について思い出してしまいました。あぁぁ…。(相談はじまる直前でも,むりくり「先輩コレ間違ってますよ」って言って止めればよかったかなとか,そういうのも考えている…。)

うぅぅ…。



という,自分の職場のヤな部分を晒すようで,アレですけど,自戒の意も込めて。

Thursday, December 17, 2015

今年度最大の仕事が終わったの。

今年の,私の事例検討会が終わりました。

昨年は1年目だったから,同じ1年目のひとと一緒にちっちゃい事例を出したのだけど,今年はまるまる2時間半,私の事例…。



おかしい…。泣く予定なんてなかったんだ…。



ていうか今年度私職場で(しかもかなりの人の前で)3回くらいだふだふ泣いてるんだけど。やばくないか。もっと定期的に涙を出さないと,へんなところで出ちゃってやばくないか。中途半端に出ると全然泣き止めないし。
泣きながらおちゃらけるしかない自分に,自分の限界を感じた気がしました。笑

ていうかていうか昨日の先生初対面なんですけど。

初対面で泣かれるって…。ひどすぎる…。(-ω-)チーン。



でも,不安が不安だとわかってよかった。このもやもやが,不安だとわかってよかった。
自分が未熟だとわかってよかった。
言っていいんだってわかってよかった。
褒められてうれしかった。
こういうふうにやりたいということが意識化できてよかった。



上司は心理のひとじゃないから,つまらないんじゃないだろうかとか,

私の単調な語り口で同僚のひとを眠らせてしまったらどうしようとか,

そんなことを考えていて,

自分の思考のカタさもよーく実感できて,

でもそれを先輩は受け止めてくださって,

情けなかったりありがたかったり嬉しかったり,いろーんな感情がわんさか溢れた2時間半でした。



生の,生の感情に触れることに,触れられることに,

怖さがないといえばそんなの超超超ウソだし,未熟すぎてギャーンってなるし,悔しいし,パターンじゃないことを投げられたときに対処できない自分は超嫌だ。

だけど,やめられないよ。Twitterやってるとお芝居面白いなってことを高校生達が教えてくれるけど,お芝居以上に手触りのあるお仕事です。



先生が,「なかなかこういうことは教えてもらえないけど」と言って教えてくださったことがとても新鮮で,なるほどと思った。

こういう介入(事例検討会での助言)があると,これまで連続していたものが,クライエントにとっては不連続になる。不自然になる。検討会を経て,こちらは変わっているはずだから。変わっていないと,この2時間半の意味が全くないから。

この,不連続や不自然について,私達はクライエントに説明する必要があるということ。そうか。そうだね。じゃなきゃただの気まぐれな大人になってしまう。

修士に入って以降,そんなこと誰も教えてくれなかったなぁ。新鮮な見方。




抱えてもらえることは,力になります。

このタイミングで見ていただけて本当にありがたかった。
柔軟に,でも中立を保って。
心理士として,熟達していきたい。昨日は改めてそう思った日なのでした。

Sunday, November 22, 2015

「平均」を知ること。

ここ最近,平均的な発達の力を実感することがたくさんありました。

私は普段のお仕事で,年長さん~中学生くらいのお子さんにお会いしています。が,発達にでこぼこがあったり,その学年の学習についていくことが難しいお子さんが多いので,たまに(この年齢ってどれくらいのことができるんだっけ。)と,“平均”がわからなくなってきます。
でもやっぱ,先輩が掛け持ちしているお仕事の話を聞いていて,「昨日仕事で保育園に行ったら,2歳児さんが給食の時間に全員の配膳が終わるまでちゃんと待ってたんだよ~」とか,「4歳児さんははさみバリバリできるね!」とかそんな情報が入ってくるので,そうなのかーと勉強しています。


そして先日,私が掛け持ちして働いている小学校の作品展がありました。全校児童のいろーんな作品が一度に観られる絶好の機会♡
勤務日じゃないですが!
無給ですが!
絶対素敵だと思って観に行ってきました!!!


作品ももちろんよかったんですが,それと同じくらい良かったのが6年生による「学芸員」のお仕事。
各作品について説明してくれるのです。1~5年生の作品も紹介するので,どこがどう大変だったとかここがこだわり…なんてことも,実際にクラスに出かけていって聞いてきたみたい。

こんな魅力的なものに私が食いつかないはずがない。笑

ほぼ6年生の話を聞いて回ることで午前中は終わってしまいました…。
でもすごいね6年生って。あんなに他者を意識して喋れるんだ。それぞれ何を喋るかはあらかじめ決めていたみたいだけど,興味津々の私は,6年生の解説の子には「○○さんの作品はどこ?」「どういうとこがポイント?」とか,それ以外の学年の解説の子には「△△さんは,この作品の中だったらどれが素敵だと思う?」「何で?」とか,ガンガン聞いてしまった。

お子さんによって反応は様々で,「えー。そんなふうに観たことないんでわかりません」と答える子もいれば,「いやぁ,全部おすすめです!」みたいな子もいれば,「僕はこれがいいと思います。なんか他と描き方が違って,きれいだなって思います。」みたいにきっちり理由まで含めてお話できる子もいて!!!びっくり!びっくりです!!!そうか6年生ってこんなに主体的に&相手に伝わるように喋れるのね!
3年生の作品を説明してくれた6年生が,まるで自分が作ったかのようにお話している姿が非常に印象的でした。

あと図工の作品以外に家庭科の作品(クッション)展示もあって,家庭科の先生にお話を伺ったところ,「この配置は,『隣同士であんまり色がかぶらないようにねー』って言って,本人達にやらせたんです。」とのこと…。クッションはキットで作っているので色の数は限られているのだけど,同じ色で固まっているレイアウトは全然なくて。6年生の理解と行動できる力にただただびっくり。すごいな6年生。

児童というより主に6年生か…。でも,この年でこんな作品作れるんだ!というものがたくさんあって,とってもとっても刺激的な作品展でした。


+++


その翌日は他大学におでかけ。
赤ちゃんを心理学的に分析した事例の発表を大学院の同期と聞きに行ってきました。
生まれたばかりの頃から2年間,赤ちゃんを定期的に観察するというものなのですが…

赤ちゃん,すごいぞ。

というのが率直な感想。定型発達(という言葉が嫌いな方もいらっしゃいますが,いわゆる平均的な発達を遂げている赤ちゃんを指すことにします)の赤ちゃんの心の動きっぷり,他者との境界線の引き方,相手の反応を引き出す仕掛け方に,ただただ驚き。私もこの観察,やってみたくなりました。笑

こんなにも豊かな心があって,社会的な生き物なのか,赤ちゃんって…。やー。正直びっくり。この豊かさをさらに深められるかは,環境や関わり方にもよるんだろうな。

でも私も昔は赤ちゃんだったので,自分はこんな関わり方をしてもらえていたのだろうかと思うと,少し苦しく感じるところもあり。それがこの観察の難しいところでもあるみたいです。

そういえば9月に実家に帰省したときに,我が家の3きょうだいの発達を比較するために母から母子手帳を拝借して記録を見比べたことがあったのですが…皆そこそこ普通に育っていたので安心しました。笑
母もそこそこ私に関わってくれていたよう…。

だけど赤ちゃんと母親が関わることって,時間的・精神的余裕がないと難しいというか…,質が落ちてしまうよなぁと思うと,現代のお母さん達って大変なんだろうな。
あと発達でこぼこの赤ちゃんたちは自分からの発信が少なかったり独特だったり,母親に(通じ合ってる!)と思わせる力が弱かったりするので,そういうところも子育てに難しさをつくってしまうのだろうなーとも感じました。



そんなわけで,子どもの「平均」の能力の高さを感じた2015年晩秋です。

さらにそういえばM1のときに履修した学校臨床の授業で,先生の「クラスに入ったらまず何をしますか?」という問いかけに対して,『気になる子を見ます』とばかり私達は答えていたのですが,「まず普通の子どもを見ましょう」と伝えてくださった先生の言葉がときどき私の肩をトントンしてきます。
平均を知ることで,初めてそこからどれくらい外れていると大変なのか,しんどいのかがわかる。目の前の子どもについて,主観の目と客観の目,どちらもバランスよく使って見られたら良いなと再認しました。
この仕事を続ける限り,こころのべんきょうは終わらないです。

今日の一枚。2011年の冬に,浜松町の世界貿易センタービルから撮りました。
「東京」も日本の平均からかけ離れていることを再認するための,一枚。

Tuesday, June 16, 2015

表象機能の発達と演劇における見立てについて。

最近書きたかったこと,ようやく文章化できた!相変わらずとっちらかってるけど。ご興味あれば,お付き合いください。

今回のお題は【表象機能の発達と演劇における見立て】について。思うところをつらつら書きたいな~と思います。

◎もくじ◎
 ◆はじめに
 ◆“演劇の強み”がある舞台に必要なもの
 ◆NODA・MAPの『THE BEE』(再演)Japanese versionパンフレットより
 ◆再度主張
 ◆「見立て」は誰にでもわかるのか
 ◆まとめ

でお送りしたいと思います。
長いので区切ります。続きはぴっとクリックしてくださいまし。

Monday, June 8, 2015

住む世界の違いとか,それぞれのつらさに思いを寄せてみる2015梅雨。

一昨日。長野県松川高校演劇部の『べいべー』を観ていて,ちょうど他にも書きたかったことがあったのを思い出しました。



「何がつらいかなんて人によって違う」みたいなせりふがあるんですが,そこで(は。そういえば!)って。



私の知り合いの方で,○○大学の修士課程を出られた方がいます。
○○大は,まぁ日本だったらそこを出れば超優秀でしょうと万人が思う大学です。私もそう思ってます。

しかし社会人としてそのひとを見ていると,「あれあれ?」と感じることが多々あるのです。平たく言うと,他人から責められることを過度に恐れ,相手が誰であれ自分が優位に立とうとしているのが言動からよく伝わってくるのです。(本人がどこまで自覚していてそれをしているか,無意識のうちにそうしてるかはわからんけど)

あまりにびっくりなので,それを大学院受験の予備校で一緒だった友人に言ったことがあります。今その予備校でバイトしている友人はこう言いました。

「あぁ,その大学はね,ほとんどの人が博士過程に行くんだよ。修士止まりっていう負い目があるんじゃない?」



はーーーーー。(゜_゜)

そうですか…。そういうものなんですか…。



平均的な能力のニンゲン代表カサハラからすると,もちろんその学部を出るだけでじゅーぶんなんですが…。

その大学に入ったら入ったで,その世界のニンゲンにしかわからないこともあるのですね。


…そんなことを思ったエピソードがあったのでした。

(※もちろん,その人が修士課程で修了していることで,その人のパーソナリティや対人スキルを全て説明できる訳ではありません。念のため。)



さて『べいべー』の話に戻ります。

登場人物のひとり,さくらちゃんはIQ100という能力をもって生まれてきます。
IQ100といえば本当に平均ど真ん中の値。統計学の理論では±1SD(85~115)の中に全体の約7割が入ると言われています。さくらちゃんの家族は皆140なので,超超人ということがわかります。(ちなみに日本で一番偏差値の高い国立大学の人にちのーけんさを取ると,最低が120くらいらしい…。)

40も離れていると…。そりゃ家族内でスムーズにコミュニケーションを取ったりするのは難しいな~と思うわけです。
140の世界の当たり前と,100の世界の当たり前はきっと全然違う。もはや異文化。
140の世界のひとは,100の世界のひとが何にわからなさを感じているのかに思いを寄せなければ,お互いを理解することはムズカシイ。

世の中的にはなんにも問題ない平均ど真ん中さんが,こんなに苦しむとは…。

さくらちゃん,あくまでさくらちゃんは平均ど真ん中なんだよ。それって他のひとからしたら,ごくごく普通ってことなんだよ。必要以上におうちのひとと比べたり,自分を蔑んだりしないで。


…と,ついつい思ったのでした~(;ω;)


ちなみにカサハラさんも例の友人にちのーけんさ取ってもらったことがあるので自分のIQ把握してるんですが,ごくごく平均のニンゲンでございまーす(´∇`)b


そうそう。脱線するけど今の中学生が統計勉強するって知ってちょーびっくり。うらやましい!私が学部3年4年のときに予備校でゼロから勉強したあれはなんだったんだ!ゆとりめーっ。



そんなこんなで,住む世界が違うひとのはなしと,そこへ思いを寄せるはなしでした。
(あ。私は日々ひとさまのちのーをそくていさせていただいていますが,未だ140に出会ったことはありません…。)

Sunday, April 19, 2015

「高校演劇2万人アンケート」論文への感想以上レビュー未満。



文:カサハラリカ

先日,知り合いの方から面白いものを見せていただきました。
全国高校演劇協議会がデータを収集し分析した論文です。
本当にちらっと,ざざっと目を通しただけで,私の手元にはありません…。

率直に申し上げると,やっていることはとても面白いのに,その調査項目と分析内容がもったいない~!(><)

と思いながら拝読しました。

もう少ししてから,どうにかして原文を手に入れてきちっとしたレビューを書こうかとも思ったんですが,今後も調査される場合に多少お役に立てるのでは…と超超超図々しくも思い,記憶を頼りに“感想以上レビュー未満”をネットの世界に漂流させてみたいと思います。

ちなみにわたくしカサハラリカは,高校演劇の経験者。卒業してから5年以上経っているので,調査対象者外です。大学の卒業論文と大学院の修士論文で量的調査・質的調査を行い,統計ソフトSPSSを使用して心理学論文を執筆しました。なるべく科学的に,建設的にこの記事を書きたいと思います。

Tuesday, March 24, 2015

今年度のまとめ。~社会人1年目の荒波を泳ぎ切れそう~

3年前の昨日は学部を卒業した日でした。

あれからふよんふよんと月日は流れ,今年度は遂に社会人になったわたくし。おかげさまで無事に1年目を終えられそうです。

まとめたりしてみると,来年度の充実につながりそうな気がするのでやってみたいと思います。

一応年末にもその年のふりかえりはしてるので,年度末の今回は主におしごとと研究の面からしてみたいと思います。


◆おしごと

いや…人に恵まれたです。そのひとことに尽きます。
お給料はガチで低所得者層ですが(院を出たって微々たる稼ぎ!それがこの仕事!),お給料以上に得られたものがたくさんありました。

まず,世の中にはいろーーーーーーーーーーんなひとがいるということがわかりました。

(えっ,当然じゃん)と思うかもしれませんが,というか当然なんですが,それでもそれを身をもって知ることができました。

小学生のときにも同じクラスにダウンの子がいた気がするし(うろ覚え),
途中で支援級に移った子もいた(これはインパクトあったから覚えてる)。
高校のときにも,今思えばあの方々はASD圏だった…というひとがちらほらいました。

でもそれは,自力で歩いて学校に行って,自力で校内を移動し自力でごはんを食べられる人たちだった。

そうじゃない方に,今年度はたくさん出会いました。
特に就学相談を担当させていただくことが多かったので,たくさんの5歳児6歳児に出会いました。

たとえば教科書で何度も目にしていた「病虚弱児」だとか「肢体不自由児」だとか,そんなふうに表現される方々。この年になるまで,実際きちんとお会いしたことがありませんでした。

長野県の特別支援学校は同じ市内にあったとしても遠いところに設置されていたから,私が上京するまでに出会う機会はまずなかったし(←聾学校はあったけど),立地的に隔離されている感じが幼心にありました。
学部3年生のときに教職の関係で実習として行った特別支援学校は知的の学校だったので,基本的には就労が見込める方々。常に医療的なケアが必要だったり,話すことも立って歩くことも生涯ないであろう方に出会うことは,今までありませんでした。

そういった方がどんな生活をしているのか,その周りのご家族がどんな生活をしているのか,どんな思いを抱いているのか,そういったものの生の手触りを,ほんとうにわずかではありますが,仕事を通して感じることができたように思います。
世の中には,いろんな方がいらっしゃいます。


次に,自治体によってこんなにも教育環境って違うのか!ということ。

びっくりしました。例えば今いる自治体だったら支援級になるお子さんだけど,あっちの県に移ったら支援学校になるお子さんになる,とか。
同じ知的能力を持っているお子さんでも,住む場所によって受けられる教育がこんなにも違うのですか。資源の足りていなさに驚きました。

それを教員をやっている学部時代の友達に言ったら,「えぇ~?どこもそうだよ?うちの方だって…」と返ってきました。彼女と話すといつもバトります(笑)。それでも学部時代は一番仲が良かった子だし,今もそうだから会ってます(笑)。

あ,話が逸れました。でも本当に,人口に対して物的資源が足りなさすぎ!お金も回ってこない!
街づくりとか駅前再開発とか言って,マンションをぼんぼん建てて人が大量に流入したことに対して,教育が追い付いていない感じがしました。←わたし,唯一持ってる教員免許が社会と地歴公民なので,人文地理とか面白いなと思うひとなのです。

住む場所って,ブランドとか交通の便ももちろんあるけど,その自治体の教育事情で検討した方が良いんじゃ…!って,周りの友達に伝えたいです。笑

それから私は平成19年に大学に入ったので,「この4月から,養護学校や盲学校や聾学校はひとくくりで特別支援学校になりました」と教わってきたのに,実際の社会に出たら普通に養護学校も盲も聾もそのまま名称として残っているではありませんか…。私の働いている自治体もそうだし,地元の長野県もそうです。
いろいろ事情はあるのだそう。積極的に名前を残している場合もあるのだそう。でも(あれ…?)って思いました。あれ?って。


最後に,自分のしごとっぷり。
実習の時にあんなに恐々取っていた検査を,今はバンバン取っていると思うと,慣れっておそろしーなー!と思います。
院生のときにあまり触ることのなかった検査は,職場で使うときに先輩に見てもらっていました。すんごく緊張したのを覚えています。初めて実際のお子さんとやったときも,すんごく。
でも今は一日2回とか3回とかあっても平気っていうか (よしがんばるか。) になれたというか…。
だ・け・ど!ひとさまの中身に触れさせていただく検査なので,慣れても良いけど手を抜いたらおしまい!だろう運転したらおしまい!!!!!
常にピリッと気を張って臨みたいです。常に。

あと,教科書ばかり,講義ばかりで頭でっかちだった学生時代から,今は実地・実地…になっていて,ついつい理論や本に書いてあることが疎かになりがち。ガチガチの理論で見る…とかそういうことではなくて,基本あってこその実地であることも忘れちゃいけないし,勘やフィーリングとか謎の判断要素も,使いすぎたらアウトだと思うので…慣れてきた時期だからこそ,立ち返ってきちんとべんきょうしたいなと思っています。



◆研究

修士論文を書いたら紀要に投稿…が,私のいたゼミのうっすら最低限のTO DO なので,それはやろうと思っていました。思っていたというか心づもりしてた。
ので,がんばりましたよ!
査読が入るので分析かけ直したり述べたいことがあっちゃこっちゃ行ったりして大変だったところもありますが,無事形になってよかった~!論文は,わが子!わが子!!!←
舞台作品でも論文でも,生みの苦しみを伴う創作物はわが子ですよホントに…。

正直卒論よりも修論の方がやっつけでやってしまった感があるので(←),紀要も通るか超不安だったのですが,無事採用されてよかったです私が死んでも,国立国会図書館に行けば子ども(論文)2人(本)が残っていますよ♡♡♡(←←←)


そして先日の学会。
大学のホーム感(場所ではない。中身。参加者の皆様のこと。)溢れる学会なので,アウェイの別の学会で発表したときとはまた違うドキドキ感がありましたが…無事終わってよかった!
「面白い」は最高のほめ言葉だし,やる気が出ました。関心を示して下さるということがとてもありがたかったです。
うん,本当にありがたい時間でした。勢い余って雑誌に投稿しようかと一瞬魔が差しました。そこまでの力はさすがにないかも…。



◆まとめ

がんばった。以上。 ←


いや,社会人やりながら研究…はできなかったけど,研究のまとめをできたことは大きい!ついつい放っておいてそのままになってしまうものも,きちんとまとめて磨いて形にして残すって,自分に整理をつけてあげる意味でもとっても大事なんだなーと体験できました。

ていうかこんなにずぼらで怠惰の塊なわたしがここまでやるって…上出来でしょ。笑
上を見たらもちろんすごいひとはいっぱいいるけど,私はこれで満足なのです。自分で設定したものをクリアできるのも,大切なことだと思ってます。



来年度は院の実習がなくなり,職が増えます。
さっきこの記事書いてるときに学校から電話がかかってきました。不思議なご縁があるもんだ。

社会人2年目は,知識ももっと持ちたいし効率よく記録を書きたいし経験を深めたい!
生き延びるわよーーーーーー。


そんなカサハラさんの今年度のまとめでした。ちゃんちゃん。

Sunday, March 22, 2015

はっぴょー is over...

ごきげんよう。カサハラです。
わたくしは今週末,発表という名の本番がありました。

大道具(ポスター)を作り,小道具(ハンドアウトとか資料)を作り,あと衣装(スーツ)なんかも準備して,

いざ東大へ…!


正門!どーん。

金曜日は開いてたけど,土曜日曜は祝日とかお休みだったので,ちっちゃい門しか開いてませんでした。そういうものらしい。


赤門!どーん。

タイムスリップしたみたーい!


(桜ないな~)と思ってたけど,そっか。東大は校章がイチョウだものね。


キター!!笑
安田講堂!すんごい時代を感じる建物でした。

ここが夏目漱石や野田秀樹や枡くんやO先生がいらした東大かぁ…(´∀`)


ぎゃーん!(;ω;)
これは農学部の正門入ってすぐのところに最近建った,上野先生とハチの再会シーン!の,像!!!
よかったねぇハチ~!!


上野先生も嬉しそう…。(*´▽`*)


そして帰りは後楽園にあるムーミンカフェに行ってパンケーキとニョロニョロのラテをいただきました。


めでたしめでたし!(初登場,わたし↑)



…。

……。

って,違ーう!!!(゜ロ゜)!!!



そうなのです。3年連続,発達心理学会へ行って参りました。今年は発表してきました。
(去年の日記はこちら。)

私が初めて学会で発表したのはM2の夏。別の学会でした。
で,M2の終わりで行った京都の発心で,(やっぱこっちの方がホームかもしれないな…)と思い,今年はこちらでがんばって発表してみました。内容は修士論文の一部。

特別,発表が義務のようなゼミではなかったけど,研究者の入り口である修士を出たからにはきちんとまとめたり,公の場に出してみたいなと思っていました。

でももうこのテーマのブームは去ってしまったような気がしていたし,
誰も足を止めてくれるひとがいなかったらどーしよう!と思っていたけれど…



1時間,最初の5分以外はずーっとひとさまがきてくださいましたーーーーーーーー(; ;)(; ;)(; ;)ありがとうございます~~~~~!!!!!

しかも知らない方!!初めてお会いする方!!!!!

拙い説明を熱心に聞いてくださり,ありがたーいコメントをたくさんいただきました。
「面白いですね」は,最高のほめ言葉です!!!!!!

もう,不安でいっぱいだったけど,発表してよかった!
学問から離れて1年経ったけど,それでもがんばってよかった!

(ちなみに私がしたのはポスター発表。その名の通りポスターをパネルに貼り,その前に突っ立って,見に来てくださった方と質疑応答したりする。決められた時間にちゃんと立ってると,発表したことになる。)




そしてさらに嬉しかったのは,
学部で一番仲が良かった子(去年の発心も一緒に行った)と,
大学院で一番支えになった方と,
職場で一番慕っている先輩が,
私のところに来て下さったことーーーーー!!!

目の前に3人がいて,時間も次元も超えちゃった感じがしました。笑
とってもこそばゆい!こそばゆかった!!!!!

18のときに出会った私の友達が,25のときに出会った私の先輩にあいさつしてるよぉぉ!!笑

今まで,高校の友達と大学の友達,大学の友達と大学院の同期が顔合わせ…ということはあったのだけど,3つの段階の方々が同時に…というのはなかったので,私と言うニンゲンがどういう生き物なのかがばれてしまったのではないかと思っています。おろおろ。

はぁぁ…。改めて,ひとに恵まれた人生だったなと思いました(;ω;)←早



そして再認。
私がすきなひとに会える場所は,結婚式場・葬式場・劇場。そして学会会場!

でもやっぱ,いろんな段階のひとに一気に会える場所って,結婚式場とか葬式場なんだろうな~。
でも葬式場に集まってもらうときは,既に私はこの世にいないはずだから,恥ずかしさはゼロでよかったな~。
でもでもそうすると,結婚式って人生の中でかなりのプレッシャーイベントなんじゃないかな~。

とかとか,そんなことを考えました。笑



やっぱり好きなものを研究するのは楽しい!
そして大学院や同期や知り合いの方がキラキラとしている姿を見られるのは嬉しい!
久しぶりに会える方もたくさんで楽しかったーーーーー。
学会。パワーをもらえる場所でした。3日間フルで参加できて,大満足です。

来年は,なんと北海道…。
私北海道行ったことない…。
がんばって行ってみようかな!


べんきょう意欲もやる気もむくむく!明日からの仕事も,またはりきっていこーっと!

Monday, March 16, 2015

職が増えるの。

ごきげんよう,カサハラです。

職が,増えまぁす!

今年度は週4.5勤務だったけど,来年度は週5勤務に,なりまぁす!


ふぃー。これでやっとひとなみ…。
地元の短大卒の正社員くらいにはなれるかしら…。
ガチの低所得者から脱出できるかしら…。



ちなみに,週1回,学校で働きます。

いわゆるSCってやつです。

ひゃーん。どきどき。務まるんかいな。


もともとこの職に転向しようと思ったのは,SCになりたいと思ったからで,それが社会人2年目にして叶うことになり,うひゃーってなってます。どきどき。

しかもご縁のある自治体ー!うっかり知ってる先生に出会えるといいな!笑




そう。

この職に転向しようと思ったのは,やっぱり学校なら,たくさんの子どもと出会えるから。

相談機関とか病院も,もちろん良いのだけど,それはつながった場合であって,

つながっていなくても必要なひとって絶対いて,そういうひとを見つけられたらなとか,つなげられたらなとか,そう思うと,いろんな条件を抱えて集まる子どものいるところ,学校がいいなって。

「私なら見つけられる」みたいな万能感なんて持ったらおしまいで,そんなふうには思えないけど,

「もし」があれば,つながりのきっかけにはなれるかもしれない。



“あの日のあの子に出会いたい。”



そんな気持ちもどこかにあって,

私,SCやります。

Thursday, January 8, 2015

事例検,迫る。

ありがたーいことに,私の職場には事例検討会があります。

事例検とは,その名の通り自分の担当しているケースの情報をチームで共有し,よくわからん点をあれやこれやと,知恵と経験とひらめきを絞って話し合う会です。

1年目の私にも,その機会があるのです。本当にありがたい…。

院生時代にはM2の時に,M1さんに紹介しつつ先生からSVを受ける…みたいなものしかやったことないので,実はこういうの初めてだ!どきどき!

まだ職場では定期的にお会いしているクライエントさんがいないので,今までお会いしたお子さんの中から,見立てが難しかった方のケースを出すことに。


今日から資料を作り始めましたが,これがなんだか難しい…。

どう項目立てしようか…。
どんな時系列にしようか…。
どう書けばわかりやすいか…。

んんー,ムズカシイ。90分くらいあっという間に経ってしまった!


就学時にはあんまり目立たなかったのに,学校に入ってからASD要素を発揮するお子さんがちらっとほらっといるのではないか…というのが最近の気づき。
でもそれは経験則でしかないから,ちゃんと勉強せねばと思っているところ。

今特に謎なのは,このパフォーマンスは知的によるものなのかASDっぽい特性ゆえなのか。判然としないのです。
どちらの要素もあるだろうとも思いますが,状態に合った指導や環境を考えるときにどちら寄りで見るかによって,アプローチが変わるので。


成長のためには勉強!自分のケースでたくさん勉強させていただけると思うので,貴重な機会を有効に活用したいところです。

そして明日は心理の先輩とのフィードバック第2弾!前回とは別の先輩。
きっと明日のお昼頃には,また自分の経験の少なさや偏りを実感するんだろうなぁ。
でもそこを通らないと伸びないのもわかってるから,ぶちあたってきまーす!といやー!

Friday, December 12, 2014

この仕事の重みを知った。気がした。

社会人になって9ヵ月目。

今日は初めて,心理の先輩と組んだケースのフィードバックをさせていただきました。




はぁぁぁぁぁーーーーー。緊張した!!!




お子さんの行動観察と検査のご様子を保護者の方にお返しするのですが…!

今までも指導主事の先生とフィードバックさせていただいていたのですが…!

心理の先輩とだと,なんだかすんごい違う気がして。

指導主事の先生は教育の観点の方だけど,

心理は同じ心理だからかな。感じが違う…。


あと,指導主事の先生とのケースは目指すところがだいたい見えているけど,心理-心理ではそこまでクリアな着地点がないっていうのもあるのかも。



それにしても,

ひとさまの発達を評価させていただくというのは,なんと恐ろしいことなのだろう…。

ある意味裸よりも見られたくないものではないだろうか…。自分の能力というものは。



なんだかそのうち慣れてしまいそうでこわい。

いくらフィードバックを重ねても,目の前の保護者の方には初めてのフィードバックということを,いつも胸に刻んでおきたい。

そしてべんきょうを続けなければ!いつでも客観的に見られるように,ブレないようにべんきょうを続けなければ!



あと,先輩の言葉がスラスラと出てくるのを聞いて,やっぱり先輩なんだぁ…というのを実感…。
というと間抜けに聞こえるのだけど…。

いや,先輩というのはもちろんわかっているのだけど,目の当たりにしたというか。経験というのはこういうことなのか…と体感したのであります。
5年後の私は,こんなふうになれているのだろうか。

あぁ,自信がない。
それにはやっぱり,べんきょうしなければ!



あーーーーーーーー,がんばろう!

燃えた金曜日。

Wednesday, October 8, 2014

それにしても。

つらい。書かなければ眠れない。


……副業が、つらい!!!

読字で引っ掛かるLDのお子さんの英語の指導ってどうすればいいんだろう。

これに1年以上苦しんでいる。

漢字だと、パーツを意味付けして覚えられる手掛かりをつくれるのだけど(例→「森」は木が3本生えてるんだよーとか)、アルファベットの綴りがその子にとって無意味記号である以上、“forest”が定着するのはかなり困難。

どこまで「やる気」として言及できるか、
どこから器質として阻害されているのか、
他の要因もあるのか、
ほんっとわからない。
苦しい。


いやきっと本人が一番苦しいんだろうけど。






探そう……。あと半年で、彼女がこの先どう学んだらいいか、その方法を。

Thursday, September 4, 2014

学術的なニンゲン。

そういえば。

3月の発達心理学会の申込み、しました。

ポスター発表しますー。


ほんとうは11月の教育心理学会に出したかったのだけど、いろいろミスしてしまい…。

一応、これで昨年度今年度と、2年連続で学会発表ができるはずです♡

発心に出すのは初めてですが、院の大学関係の方がたくさんいらっしゃる学会なので、刺激をもらえそうです。

今は現場だけど、学術的なニンゲンの心を忘れずにいたいぞー!

Wednesday, July 23, 2014

私にできることと私がすること。

屋代高校が地区大会で『南京の早春賦』をやると知り,ただただ驚いている私ですこんばんは。

そういえば昔,屋代高校演劇部の方交流あったなぁ…。しみじみ。

というか!屋代っていつの間に附属中できてたの!どびっくり!


+++


さて,突然ですが,私は先輩の死のモーニングワークの真っ最中です。

モーニングワークと言っても,朝のおしごととかではありません!(びしっ)

英語ではmourning workと書き,日本語では「喪の作業」と呼ばれます。

愛着を持っていた対象を喪失してから立ち直るまでの心の営み…みたいな感じです。超ざっくり言うと。


と言っても,先輩のお顔も拝見していないし,葬儀にも参列していないので,実感がないといえばなくて,まだ直面できていないのかも。

それでも自分なりにかみかみと咀嚼して,飲み込もうとしています。


月曜日から,先輩が出ていた舞台の使用曲を,大きな音で聴いています。
スピーカーとか,ヘッドホンを使って。
昨夜は聴きすぎて,今朝はあたまの中で延々と繰り返していました。おそるべし音楽の力…。

あと,月曜日の夜には,私が高1の時の大会のDVDを観ました。
でもやっぱり,自分が在籍していた時のじゃなくて,先輩がメインで出ていた作品の映像をもう一度観たいなぁ。


それから,お盆に帰省したら,タイムラプス撮影をしたいと思っています。
一眼でそれができることがわかり,こないだ帰省したときに父から三脚をもらったので,あとはACアダプタがあれば完璧…!
それに曲をつけて,映像にして,先輩を弔う作品をつくりたいと考えています。
完成したら,このブログにも載せる予定です。完成したら,ね。

その曲の候補を今探し中。
宇多田ヒカルの「Letters」もいいなぁ。鬼束ちひろの「蛍」もいい。
だけどやっぱりインストゥルメンタルになるかもしれない。
先輩がメインで出ていた舞台の使用曲は,重い。笑
私は朝~夜の映像を撮る予定なのに,あの曲は絶対に湿っぽい暗闇しか表現していない。笑



そんなふうにして,彼の不在を乗り切ろうとしている訳です。


私にできることと私がすることは,そうやって日常を取り戻すことなのです。


Wednesday, July 9, 2014

支援級の先生について思いを馳せてみる。

たまにはまじめシリーズです。笑


私は4月から首都圏のとある自治体の教育機関で,心理職として働いております。

特別支援学校にはどういった状態像のお子さんが就学されるのか,

通常級+通級のお子さんは,情緒なのか言語なのか…などなど,日々お子さんと向き合って勉強させていただいています。


状態が重いお子さん…具体的には療育手帳がAのお子さんは,特別支援学校を希望されることがほとんどなのですが,そうでなければ地域の,小学校の中にある特別支援学級へ籍を置くことになります。


がっ


私はこの特別支援学級の担任の先生がすごーく危うい存在なのでは…と思っているのです。


特別支援学校の先生であれば,特別支援教育をべんきょうし,実習へ行き,その免許を持っていますが,支援級はあくまで通常の学校の中に設置されているものなので,免許としては普通の,小学校とか,中学校(英語)とか,そんな区分の免許なのです。

もちろん熱心な先生もいらっしゃるので,個人的に専門的な勉強をしていらっしゃったり,特別支援教育士などの資格をお持ちの方もいらっしゃいます。


しかし,私が一昨年,昨年(度)とお世話になっていた小学校に入っていた支援級の担任の先生のうち半分は,前年度,通常級で「なんらかの問題」を抱えていらした先生だったという現状がありました。たとえば学級崩壊してしまった,とか。


30人や40人いる通常級をまとめられない先生が,翌年少人数の支援級の担任になる。

一人で抱える子どもの数は一気に減る訳ですが,果たして双方にとってそれがベストな采配なのでしょうか。正直疑問です。

ご家庭によっては,支援学校に行きたかったけれど,さまざまな事情から支援級を選ばざるを得なかった,なんてこともあると思うのです。

どちらかというと支援学校寄りのお子さんに対しても,支援級の先生はそのお子さんに適切な指導を考え,実践していくことが求められます。

でも実際,通常級のための教育を重点的にべんきょうしてきた先生が,手広く,手厚く支援することは,ちょっと限界があるのではないでしょうか。


教員免許交付までに1年間インターンシップを入れたらどうかとか言ってる案があると聞きます。

それよりも,免許を取得するために,全ての校種に関わらず特別支援の科目を必要科目に盛り込むことと,特別支援のための実習(支援級での実習とか)を必須にすることの方が重要なんじゃないかなと思います。

正直私が教職を履修しはじめた大学1年当初は,特別支援教育なんて通常の学級とは無縁だと思っていました。

「全然無縁じゃない。めっちゃ連続体だよ。」

と,当時の自分に言ってあげたい。

それに,何らかのつまづきがあるお子さんに対する指導法や教室環境の整え方は,要支援ではないお子さんにとっても,わかりやすいものであると思うのです。それをべんきょうすべき!

そんでもって,支援級を先生の左遷先のようにしないでほしい。


まとまりのない文章になってしまいましたが,伸びしろのあるお子さんのために,知識のある先生が支援級の担任になることを望む,ということと,
教員免許の要件に,特別支援の科目と実習を盛り込むことを望む,というおはなしでした。

Sunday, July 6, 2014

知的ボーダーの方の進学先を考える。

たまにはまじめなことを…。



先日会議で上がったケースについて。
昔のケースなので,私はクライエントさんご自身のことは知りません。



当時私たちの機関にやってきたAさんは中学生。支援級在籍のお子さんだったそうです。

このまま支援学校の高等部に進学するかと思いきや…

Aさんは,都内の偏差値が低めの私立高校に受かり,そこへ進学したそうです。

(ちなみに公立では,工業高校がギリギリ厳しいんじゃないか…というくらいの力の方。)


こちらとしては「えっ,支援学校じゃないんですか!?」と思ったそうで。


しかし。


その私立校はすんごく生徒の面倒見が良いところだそうで,仲の良い友達もでき,今ではAさんはとっても充実した学校生活を送れているそうです。

大学は難しくても,Aさんの関心のあることが学べる専門学校などに進めば,就職にもつながるのではないか…


という話でした。




私(たち)は,彼・彼女のご様子や能力を総合的に見て,どういった学びの場が適しているかを考えることがおしごとのひとつです。

通常級より支援級の指導が適していればそちらへ,支援級より支援学校の指導が適していればそちらへ…というふうに考えます。


高校には支援級はありません。なので中学の支援級→支援学校の高等部という流れは当然あるのですが,支援学校の高等部に進学しても,高卒扱いにはならないという決まりがあります。

「高卒」という資格がなければ,当然上級の学校にも進学できません。その先の生活は障害者枠での雇用か,在宅か,別の居場所か…ということになります。

つまり,同じ「高校生」でも,通常の高校か支援学校の高等部かによって,かなり進路は変わってくるのです。


知的能力や行動の面から,いくら私たちが支援学校に適していると思う場合でも,そのお子さんに合った高校を選び,お子さん自身が環境に適応できることで,こんなにも人生の選択肢が広がるんだなと感じた事例です。

支援学校を勧めることが良いとは一概には言えないのだと,感じさせられました。




そしてもうひとつ。

この事例から,「じゃあお金があって普通校でやっていけそうな可能性がある場合は,私立に行けばいいのか」という問題が出てきます。

もしAさんのお家にお金がなく,私学へ行く資金がなければ,Aさんはおそらく公立の特別支援学校へ進学したことでしょう。
その先の進路は,既に書いた通りです。

お金のあるなしで教育の質が変わるのは確かですが,こういう部分にも経済格差はあるようです。