Showing posts with label たまにはまじめ. Show all posts
Showing posts with label たまにはまじめ. Show all posts

Wednesday, November 3, 2021

自分の緊急オペから6日後に父が亡くなった話③

天気が悪い中辿り着いた実家。(あんまりよく覚えてないけど…)
祖父も祖母も亡くなった際寝かされていたお座敷に,父もまたいた。
祖父母は北枕だったのに,父は西になっていた。業者が違ったよう。

本当に父は亡くなっていた。ここ数年ずっとつけていた歌丸さんみたいな酸素のチューブはもうなかった。
祖父母が亡くなった時は,亡き骸に触れるのが怖くて触ることができなかった。生前の父の頬など最後に触れたのはいつだったか。そう思いながら触れた頬は10月だというのに冷たくて驚いた。

葬儀のことや何やかんやは母と弟が業者の人とあらかた話をしてくれていた。弟,ありがとう。
その後関西から姉家族もやってきて,姪っ子と久しぶりに対面した。東京を出る前,私は姪っ子のためにすみっコぐらしのシールブックみたいなものを買って彼女の退屈に備えていた。喜んでもらえて何より。
その日の晩はホテル泊。実家に泊まる場所がないので…。涙が出てきて出てきて,なかなか大変でした。

さて棺に何を入れるか…となった時に,「アレを入れよう」となった。
父が事あるごとに人に自慢し,見せびらかしていたnon-noである。


父は早稲田の広告研究会に入っていたようなのですが,何かそこに取材というかカメラがやってきたことがあるようで,4年生だったから写真に入ることができたらしい。
(実際中身はワインの宣伝。笑)



ピンクレディーのどっちがいいか…みたいに聞かれて答えたらしいのだけど,「実はミイちゃんとケイちゃんを間違えて答えていた」と生前父は笑って話していた。私の芸能原始人(命名:姉)っぷりは父譲りなのかもしれない…。

これを入れるか否かで家族間で意見が割れました。
「えっ,入れるの?」
『えっ,入れないの?じゃあこれいつ処分するの?古雑誌に出すの?』
「……。」
『あの世でも自慢すればいいじゃん』
と押しまくり,入れました。笑
お坊さんからは「貴重なのでは…」と言われましたが,その後の処分と考えた時に,父に持っていてもらうのが一番良いのではないかと。
通夜というか納棺は,悲しく寂しい時間ではありましたが,ごく限られた親族のみで行い,変なおもてなしもせずに済んだので気持ちは楽でした。
その日の晩もホテル泊でしたが,テレビで「ペット2」をやっていて夫のダーナくんがそれを見ていたりして,私もようやくまともに眠ることができました。

翌日の出棺。部屋から霊柩車まで運び出すのは男性陣がやってくれましたが,ダーナくんが私の父の棺を持っている…というのが不思議で,これが家族ということなのか…としみじみ思いました。
火葬後のお骨拾い…。頑張って取ろうとしたやつが身体の中でもかなり大きめの骨で,途中で諦めてしまった時があったのよね…。ごめん父…。

姉家族はこの日で帰宅。ダーナくんももう一泊できたけれど,母にゆっくりしてもらおうと思い東京に戻ってもらいました。子ども達が一気に帰らない方がいいと思って,相談して弟は一週間くらいいてもらうことに。在宅勤務うらやま…。そうそう,お葬式当日は私の33歳の誕生日だったので,夜はコンビニスイーツを3人で食べましたよ。母や弟に祝ってもらうなんて何年ぶりなの。笑
翌日はガラッガラな役所に行って,各種手続き。原則市民じゃないと使えないという市民霊園の今後の利用についても確認できたのでよかった。

そんなこんなで火曜日に退院した!と思ったら金曜日に父が亡くなり,日曜日&自分の誕生日にお葬式をして,次の火曜に帰京するという人生の中でも特に濃密な一週間を過ごしました。
父に対してはいろいろな気持ちがありますが,父であることには変わりなく。とにかく突然だったので,気持ちの整理はこれからです。

Saturday, October 30, 2021

自分の緊急オペから6日後に父が亡くなった話②

ごきげんよう,カサハラです。続き続き。

きょうだいに連絡した時は搬送中の状況。その後母から心肺蘇生してもらっていると連絡がきました。でも,心停止してから15分くらい経つと救命率が下がるのは素人の私でも知ってました。

翌日の0時台に父が亡くなり…。あれ,夫はいつ帰ってきたんだろう?(定時が遅い人)

当然ですが夫に父のことを話したらびっくりしてました。


この日は私の退院後,外来に行く予定でした。この結果で,翌日仕事に行こうか判断しようと思っていたところ。もはや何をどういう順番で考えたら良いかわからなくなりました。

外来を蹴る?でも葬儀の時に私が万一倒れたら超迷惑。でも外来は11時とかそんな時間。一刻も早く実家に行きたいのに。

精神科に勤めている私は,容易に診察の順番を変えてもらえないこともわかっているつもりでした。それでもとりあえず,朝一で外来に行ってみて,受付で交渉しようと思い,何泊するかわからないけど喪服を含めて準備。

途中姉から連絡がきて,何世帯も実家には泊まれないから,宿泊先をどうするか聞かれて。知らぬ間に駅の近くにビジネスホテルができてたので,姉家族も私達もそこに泊まることに。ビジネスホテル…本当にありがとう…。


荷物もあらかた用意できて,足りないものを調達する場所も考えて,やっとベッドに入れたのは多分3時とか4時でした。

夫はしっかり寝てくれて,よかった。

私はというと,涙が出た後も全然眠れなくて,文字通り一睡もできませんでした。眠れない夜はあっても,明け方には寝付ける人だったので,本当に心がザワザワしていたのだと思います。早めに行動することにして,出かける準備をしました。


外は雨。というか台風。

私は軽い荷物を持って病院へ。

駅からのシャトルバスに乗っている間,3箇所の勤務先へ連絡。勤務先がバラけているとそれぞれ欠勤するダメージが小さい分,その後のやりくりはちょっと大変。でもしかたない。


病院に着き,科の受付に出向いたのが8時過ぎとかだったのかな。事情を説明したいだけなのに,涙が出てしんどかった。

思っていたより混んでいなかったのもあり,だいぶ早く…というかもしや一番くらいに呼んでくれましたか?というくらい早くに診てもらえました。

経過は良好。一ヶ月後に来るよう言われ,9時頃には病院を出られたような気が。本当に感謝。


喪服用のパンプスや数珠,バッグなどがなかったので,ターミナル駅のマルイの開店待ち(10時)をしました。このターミナル駅は職場の一つがある駅でもあって,ここのマルイも仕事帰りに何度も足を運んでいたので…なんというか,この駅に寄れたことも安心というか心強かったです。

フォーマル小物のお店に直行し,値札なんて見ていられないのでとりあえずあれとこれと…と頼みお会計したら,5万円くらい行ってました\(^o^)/

さすがマルイ…。思わず2万円分のポイント使いました。めっちゃ溜まってたけど,このポイントはこの日のためにあったのねと思いました…笑


買い物を終えて,あずさに乗るためまた別のターミナル駅へ。途中で種別を間違えて降りた駅のホームには雨がざんざか降ってきて,寒くてつらかった。

ターミナルに着いて,お弁当を買ってあずさへ。

夫は新宿から乗っていて,自分の分と私の分のキャリーを持ってきてくれていました。天気が悪い中,本当にありがとう…。

電車の中で…少し眠れたのかな?いや寝れなかったかも。


続きますね。

次回,non-noを棺桶に入れるの巻。



Sunday, October 17, 2021

自分の緊急オペから6日後に父が亡くなった話①

ごきげんよう。
今日は東京も寒くて,アウターがほしい日です。
ていうかアウター,今クリーニング屋さんにあるのでこれから取ってきます。

さて表題の件です。
そうなんです。なんか人生7日間のうちにいろいろあるなと思いました。
私の緊急オペ詳細についてはまた追々書くとして,父ですよ,父。
父が亡くなってからというもの,私は多分それ絡みの夢ばっかり見ているので,
やはりこうして文字にして心の中を整理せねばと思って…。

父が亡くなったのは先月末というか今月頭というか。
私は先月の最終火曜日に退院して,ひとまず水~金は仕事を休み,
金曜の外来の結果次第で土曜日勤務しようか検討していたところでした。
木曜日は昨年度から毎週通っているセミナーがあって,それには行きたいと思って参加。
2時間ただ座っているだけでもオペしたところが痛いもんだな~という収穫があり,
(土曜日働けるかしら…)
と思いながらの帰宅でした。

21時にセミナーが終わり,22時前に帰宅。遅い晩御飯を食べ,
ちょっと休憩~と思ってスマホを持ってぽふっとベッドに転がったその時,
母から電話が。
いつも母との電話は99.9%私から掛けているので,なんかめずらしいな~と思って出ました。

「お父さんがトイレの前で倒れてる!息してない!〇〇おばさんに電話して!」

と普段穏やかな母がややパニックっぽい感じで掛けてきました。

父には持病がありました。メインは特発性間質性肺炎というもの。
肺線維症とも聞いていたけど…。特発性~は原因不明で,指定難病にもなっているそう。
原因不明とか言ってるけど,私は絶対長年の喫煙のせいじゃんと思っていました。
お医者さんは「余命5年」と言っていたそうですが,母は「発症と診断で時期のずれがあるのに,いつから数えて5年なのか…」と言っていて,確かに…と思ったのを覚えています。

診断を受けた時からもう5年以上は経っている。
ちょうど最近,職場の先輩に父のことを話していたら,先輩のお父様も同じ病気で
先輩が18歳の時に亡くなられたという話を聴いたばかりでした。本当に突然だったと。

私は冷静につとめて,『救急車は呼んだの?』と尋ねながら結婚式の時の出欠はがきの中から伯母の連絡先を探しました。はがきをめくっていると足がガクガクしてきた一方,
(このはがきってこういう時に使うんだ…)と思う自分もいました。
電話では母がもう一台,家の電話で救急隊?の人と話しているのも聞こえました。
『お姉ちゃんと□□(弟)には電話するから!』と伝え,電話を切りました。

伯母さんは両親と同じ市内に住んでいて,しょっちゅう家にも来てくれる人。
聞くところによると最近父と同じ病気だと判明したとかなんとか。
スマホの番号は電話帳に入っていたので掛けたけど,22時半過ぎ。出ない。
なんとか家の番号を見つけて掛ける。出ない。留守電。切る。
もう一度掛ける。出ない。留守電。仕方ないから吹き込む。

『リカですけど,父が倒れました。母が救急車を呼んでいます』あたりまで
喋っていると,「え!?」と大きな反応があり電話に出てもらえました。
『多分□□病院に運ばれると思うけど,そこまで聴いてない。私が知ってるのはこれだけ。お願いします』と頼んで,電話を切りました。

姉と弟にも電話。
姉も弟も一発で出ない。交互に掛けると姉が出てくれましたが,
「もしもし…」と明らかに寝ていた声。申し訳ないけど現状を伝えました。
弟は“コンビニ行ってる!あとで!”というLINEが。なんてのんきなんだ。
でもその前まで仕事してたってことなのか?と思うとおつかれさま…。
つまり母が子ども達3人に掛けてバシッと繋がったのは私しかいなかったんだとわかりました。

長いので続きますね…。



後日夫の方のおじさまに手紙で連絡したらこんなものをいただいてしまった。
父,甘党なので喜ぶと思う。

Thursday, August 13, 2020

『ずーっとずっとだいすきだよ』が根底にあるから

年長の夏に引っ越しをした。

諏訪から松本という,当時の私からすると世界の大きな部分がすっかり変わってしまうような大きな出来事だった。 

保育園の転園前に,年中の時の先生と年長クラスの先生が絵本を贈ってくれた。

年中の時の先生が選んでくれたのが,『ずーっとずっとだいすきだよ』。

光村図書の一年生国語にも載ってるやつ。

私は年中の時の先生がだいすきだった。


あれは,いつか死ぬ,いつかいなくなるものたちに対して

今日伝えておけることをきちんと伝えておく話だと思っているのだけど,

親にも,自分の親にもおんなじことが言えると思っている。


例えば父の日や母の日の贈り物なんか。

母は「無理しなくていいよ」と言ってくれるけれど,親が死んでしまっては贈りたくても,「ずーっとずっとだいすきだよ」と言いたくても,届かない。

だから贈れる時に贈るようにしている。


親に限らず,

あぁ会っておけばよかったなぁとか

なんで連絡ためらってたんだろうとか

「あの時○○していれば」という後悔やあり得た選択肢への羨望は

何かしら,ずっと残るだろう。

そういうのがある意味人生なのかもしれない。

だけれど今日という日を十分生きるためには,今日という日に気持ちを向ける必要があって,

それは過去に囚われていては難しいことであって。

だから私はなるべくきちんと表明して,なるべく持ち越さないようにと決めた。


だけどそんな話をすると母は「ちょっとやめてよ~」と言う。

死について,考えたくない人はなかなか考えたくないらしい。

きょうだいで争いたくないから,遺書を作っておいてくれとずいぶん前から頼んでいるけど,なかなか動けないようだ。

お別れの準備を全くせずにいなくなってしまわれるのも,残された側からすると負担なんだけれど。たぶん。


あぁ,話がなんかずれてきた。

要は今をきちんと,伝えておけることをきちんと,という話。


Sunday, April 26, 2020

今やっているおしごとの話

ごきげんよう。
最近またつらつらと文章を綴っております私です。

なんか,去年大転職をしたのに全然そのことについて書けていなくて,その仕事も今少し変わっているので,私の今のおしごとについて書き出してみたいと思います。

①高校のSC(4年目)

気づいたら一巡してしまった。
前の学校は2年しかいなくて,しかも小学校だったので一巡とは程遠いところで離れてしまったのだけど,送り出したよ卒業生~。

本人支援の難しさと奥深さをバシバシ味わい,青年期のとっても繊細な部分に触れさせていただく,高度な…高度なおしごと。

時間は掛かってしまってますが,出来ていなかったけど本来やらなければならないことに取り組み中。「忙しい」に負けずがんばっています。

彼や彼女達にとって,“使える大人”のひとりでありたいものです。


②精神科(2年目)

医療に行きたくて大転職したところが大きいのですが,特に大人の精神科は私にとって難易度かなり高かったです。
ワーキングメモリー気持ち低めなのと,私のオリエンテーションが分析なので,そもそもの時点で難しい。Clさんが言語が高いと本当に厳しい,高度な…高度なおしごと。
その中で何とかやってきてわかったことは,自分がいかにClのことばに耳を傾けていなかったかということ。
わかったつもりになり,自分の解釈に当てはめようとしていたところがかなりあり,真の理解から遠ざかっていたのです。

そのことに気づいてから,高校でのカウンセリングが自分の中で少し変わったような気がします。
私の難点のひとつ,「きちんと待てない」が少し緩和された…と思う。

自分自身の向き不向きを見定めつつ,力をつけられるよう経験を積んでいきたいと思っているところ。


③児童発達支援センター(5ヵ月目)

大転職では精神科&児童精神科に転職したのですが,児童精神科が恐ろしいほどブラック(持ち帰り残業でノーペイが当たり前☆ 休日を無視した締切☆ 有休が存在しない☆ なんとなく生け贄文化☆などなど)でQOLだだ下がり&失策行為しまくりだったので,辞めることになりました。
元々前職で紹介したこともあったところだったので,外から見えるものと中から見えるものがずいぶん違うな~と思い知らされました。

で,辞めた翌週から始めたのがこのおしごと。
初めての福祉分野。療育!

療育といえば大学院の実習でやったくらい!
とりあえず新年度に転職するとして,その間のつなぎとして始めたものでした(元々契約が3月末だったので,とても条件がよかった)

が…!!!!!

カサハラさん,今この魅力に取りつかれています。

おもしろいのだ!!!!!

というのも,元々私は高校生の頃から教育学に興味があったのです。
自分が受けてきた教育とはなんだったのか,
学校という場以外に,どんな教育があるのか。
それを知りたくて,特に学部1,2年生の時は家庭教育や生涯学習,社会教育あたりをせっせと勉強していました。

その後,学科の必修だった教育心理学や生涯発達心理学の面白さを知り,心理学に転向して今に至るのですが…

あの頃興味関心があった家庭での教育,子育てに,心理学の観点から関われているのですよ。今。
早期の親子関係を支えられるというのも,この仕事の魅力。

以前は教育…つまり就学してからのお子さんがターゲットでしたが,もう少し広い視点からフォローする必要があるので勉強しなければいけないことはたくさんありますが,がんばりたいと思っているところ。

あといいな…と思ったのが所属…というんですかね…。
教育相談でおしごとしていた時は非常勤の公務員として働いていました。今年度から会計年度任用職員になって制度としては改悪した感が否めないのと,多分有事の際には公務として働かなきゃいけないんですよね?たぶん…。

私,災害が起きたときに,市民のために働くとかできないわ…(´`)

と思ったのと,今療育やってるところが社会福祉協議会なので,何かあっても公務員ばりには出勤を求められないのでは…と思いまして,
今のところでなくても,いずれはそういうところで常勤もアリだかと思っています。


そんなこんなでしごとをしています。
…とは言っても人生どうなるかわからないですけれどね。

今のところ,おしごとは楽しいです。
教育,医療,福祉で,乳幼児さんから高校生,大人の方まで対象なので,「何やりたいの?」って聞かれたら返しに困るんですけど。笑
模索中!ってことで…(´`)(´`)

コロナの影響もありますが,今年度は精神分析のセミナーに通って力をつけます!(宣言)
でもって単発でも,療育につながる講習を受けられたらと思ってます。

今年度もゆるくがんばるぞ~。

Saturday, August 24, 2019

そういえば結婚したのです。

ごきげんよう,カサハラです。
残暑が続きますね。

そういえばわたくし,平成最後の日に結婚してみました。さようなら独り身,ようこそ人妻。
最初で最後の結婚にすべく,がんばりたいと思います(・ω・)

まだ報告できてないひとがいるや…。
いい加減しなくては…。


なのでお盆に帰省したときはダーナくんの実家と私の実家と祖母の家(リアルカサハラさんち)で計4ヶ所ほどめぐる場所があり,なんかすごかったです。同じ長野県なのに。

おばあちゃん…御年90歳だよ(;ω;)
私がおじゃました日の午前中も働いてたらしいよ(;ω;)すごすぎる…。

最近は体調が優れないこともあり,私は急いでダーナくんを会わせたかったのよね。
人生の中で両親の次に,たくさん心配させてしまったと思うから。

断られるのではと思って怖かったけど,「結婚式来てもらえると嬉しい」と伝えたら『がんばる』と言ってもらえたときは孫リカさん号泣…(;ω;)(;ω;)(;ω;)
予定外で私も含めてびっくり。笑

あーがんばろ。準備がんばろ。

あと,ダーナくんには私が死ぬ間際に食べたいものベスト3に入る,美好のかつ丼を食べてもらえてハッピー☆笑
ほんとは2年前に食べようと思って予約の電話をしたことがあったのだけど,一足遅かったのよね。念願叶ったり。



…あれ?結婚した話だったのでは?(リカさんあるある)

まぁでも長くなってきたのでこのへんで…。

先日そらジローとおデートした際いただいたお祝い♪うれしい。

Friday, June 2, 2017

わたしをかたちづくる。

そういえば水曜日は有休を取って美容室へ出かけた。
有休は年に一日ずつ増えていき,今年ようやく二桁取得することができた。
とりあえず昨日は半休と振休を組み合わせてちまっと消化し,突然の休みに備えているところ。

美容室のお兄さんに教えてもらった近くのラーメン屋さんで中華そばを食べながら,中高の演劇部の同期に連絡を取ったらその日のうちに会うことができた。
私は人生はタイミングと覚悟だと思っているので,それが合うとうれしい。
名前は知っていたけど行ったことのない喫茶店へ入った。

中高の同期なので,13歳になる年からつかず離れず,お互いが辿ってきただいたいのルートは知っている。
だけどどんな恋愛をしているかとか,今まで話したことがなかった話題も今までたくさんあった。大人になって,特に20代後半になって,いや28歳になって,ようやくまともにそういう話をするようになった。それは年齢がというよりは,経験が積み重なるに従って喋れるものが溜まってきたのだと思う。

彼の話はとても面白かった。
最近私について考えてもらえる機会が他にもあって,彼もまた私と話をしながら私のものの考え方について考えてくれた。
「カサハラさんは言語化に意識が行っていて,言語化しないとそれがないもののように感じるのかもしれない。」というニュアンスで,彼は私に話をしてくれた。私が,『今付き合っている男性の,顔とか,肩書きとか,そういうものがいいなと思って付き合っていたとして,それを全部はがしていったら,最後に何が残るのかわからない』と言ったのを受けての言葉だった。

あぁー。そうかもしれない。
言葉にすることは,もちろん大事。見えないものや形のないものにラベルを貼ってあげるのだから。海の水をコップに収めてあげるのと同じだと思う。
だけど海の水全部をコップに収めてあげることなんてできるのだろうか。そしてもしできなかったとして,残った海の水はないことになるのだろうか。残った海の水にも,ちゃんと意味や価値があると思えるだろうか。存在として認められて,それでおっけーになれるだろうか。

そんなことを考えている。


私に無いものがその人にあれば,それはなんだかまぶしくて,キラキラしてて,素敵に見えて,近づきたくなってしまうのだけれど,
私が持っていないものに近づくとなると,持っているひとと同じところに立ちたくて,ハイヒールを履きたくなってしまう。
最初はうれしかった。私にもハイヒールが履けるんだとか,履くとこんなにも世界が違って見えるんだとか。
だから言われた。「君はハイヒールとぺたんこ靴の両方を持ってるからいいんだよ」って。その人としては,相応の4cmヒールじゃないところが多分良いらしい。危ういところが良いらしい。だからハイヒールを履く私に似合う服を着なよって。

確かに,10年前の自分は高い服やハイヒールを身につけたくて必死だった。そうじゃないとその世界には踏み込めなかったから。
今だって,高い服やハイヒールにあこがれはある。
だけど,最近は時々,4cmヒールを履きたくなるのだ。いや時々というか,4cmヒールで許してくれる,4cmヒールがいいと思ってくれる服を,着たいのかもしれない。ハイヒール履きたくなったら履いていいよじゃなくって,4cmを履いてくれって服がほしいのかもしれない。
私,外反母趾になりつつあるんだもの。このままじゃ痛い。


そんなことを考えさせてくれた同期の彼に,感謝なのだわ。
前よりちょっぴり,生活が豊かになっているのは同期も私も感じていて,それってうれしいことだよねと共有しあえたことが,幸せだった。そうだ。幸せになってくれ同期よ…。


脱線しました。でもそういう記録。

この写真がずっと好きで。あぁこの頃外反母趾なんて全く無縁…。

Monday, November 21, 2016

年休を取った話。あるいは自分自身の価値について。

こんな日に働く気なんて起きないわ…と思って,計画的に年休を取りました。うん。取ってよかった。

やっぱり,ひとにどう扱われるかによって,私たちは自分自身の価値を知るのだと思う。知るというか,実感するというか。

その“扱われ方”は,たぶん時々つらい場合があって。それは私が投げたボールがそこらへんに転がったまま放置されてないかとか,突然痛くて速くて取りづらいボールが投げられてこないかとか。そんなん。
つらいから「あーこれはつらくはないぞ」とか「それでも嬉しい」とか自己暗示をかけて(それこそ被虐の子のように),感覚と言葉をすり替えることがあるのだけど,本物の感覚に触れてしまうと,その分ズレに気づいてしまう。すり替えて生き延びようと無理していたことも,本当はものすごい絶望していたことも。


私はもうそんな絶望はこの先しないんだろうなと思うと,じわじわとした安堵と,本物の感覚に触れた嬉しさみたいな,そんなものがいっしょくたになって,いろんな感情のみなさんが心の中できゅうきゅうしてました。
これをひとまとめにしたらどう言えばいいのかわからないけど,私もきちんと扱われる価値のある人間なんだなーということを,この年にしてちゃんと実感できました。

2年前に,友人の花が「カサハラにも価値があるんだよ?」と言ってた時には全くピンとこなくて(末期だわ…)と思っていましたが,死んだ心の神経がまた元気になってきたようです。詰まってた血管の,血の巡りがよくなる…みたいな。やっと酸素が体の隅々まで届いて,深く息が吸える感じ。



はー。生きてたらこんな幸せなこともあるんだな。
死ななくてよかったなぁ。(しみじみ。)



はいっ。そんな感じで,年休を取ったお話でした。
さてこれからSVの資料を作りますよ…。

(超たまたまだけど,2年前の自分の日記が本気で絶望してる内容だった…。こんなにも変わるのか人って。笑)

最近食べたおいしいものシリーズ。
山賊焼き定食。うまうまだった…。

Tuesday, August 23, 2016

英単語が覚えられないのはどうしたらいいのか,英語の先生に聞いてみた。

ごきげんよう,カサハラです。

最近自分の趣味とか好きなことばっかり書いてて,ちゃんと仕事をしてるのか自分でも怪しくなってきたので,たまにはこんなことも綴っておきたいと思います。


さて,本日のお題はタイトルの通り。「英単語が苦手」という中学生さんを持つ保護者の方の相談が先日ありました。

おうちの人に持参していただいた学校の定期テストとかを見てみると,確かにスペリングだけ苦手ですね…という様子が紙面からも伝わってきました。

私は困りました。

(英語か~。ひらがなとか漢字じゃないのか。)と…。

漢字が定着しづらいという相談は今までもたくさんあったし,それに対する支援方法もいろいろあったりするのだけど,英語か…。


心理の先輩に聞いても「ムズカシイよね。あんまり相談数としてはないかも…。」という話になり,これは心理職だけでは無理だと判断。上司に英語の先生がいたので,苦手さに対してどんなアプローチがあるのか聞いてみました。

英語の先生からしても,英単語を覚えるという指導は難しいのだとか。日本語は一字に対して一音だけど,英語はそうじゃないから。ルールがあるわけでもなく,複雑だから。書いて覚えられるならいいのだけどそうじゃない場合,どうしていけるといいのか。上司の考えはこうなのだそう。


「スペルを覚えることにこだわらない」

「フォニックス読みを復習する」

「英語を嫌いにならないようにする」



まず,「スペルを覚えることにこだわらない」。学校の先生は覚えろ覚えろと言うのだけど,それで覚えられないんだから困っているわけで。苦手なものをひたすらやるのは苦行なので。
もちろん,覚えられることに越したことはないのだけど,決して諦めるという意味ではなく,完璧に覚えられなくてもまぁいっかというスタンスに立つことも大事なのだとか。きっとそれを現場の先生や保護者の方に伝えると,抵抗はあるだろうけど。

だけど,ゼロから書かなきゃいけない機会ってペーパーテスト以外そんなにないので。それよりも上司は,「ちゃんと読めて,意味がわかることの方が大事」なのだと言います。
「それが好きじゃない先生もいるけど,英文の上にカタカナで読み方を書いて,それを読んだり喋れる方が大事。今の授業はただ読んで訳す授業というよりも,実際に会話のやりとりをする課題が多いから,それに乗れることの方が大事。ちゃんと読めて発表とかができれば,授業に参加したことになる」のだとか。
なるほど…。上司の知り合いで,プリントを刷る時に,中身は同じで,片面は読みのカタカナを振ってあるもの,もう片面は振ってないものを用意する先生がいらっしゃるみたい。生徒さんは自分ができる方を使って,発表とかするみたい。なんて支援的なの~!それ私が中学の時にやってほしかった!

(ちなみに「こだわらない」って保護者の方に伝えたら,やっぱりびっくりされておられました。「テストでは書かなきゃいけませんよね?」って言われました。でも<本当に0から思い出して書かなきゃいけない問題数ってそんなに多くありませんよね。一点問題の英単語の問題より,三点問題の並び替えをきちんとできた方がいいと思いませんか?>って伝えたら,少しわかっていただけたような…。)


次に,「フォニックス読みを復習する」。ぱっと聞いて(ん?)と思ったけど,今の中学生は一度は触れているらしい。フォニックス読み。うまく説明できないので,このサイトとか参考にどうぞ。笑
日本人が英語ができない理由の一つに,きらきら星のリズムの「ABCD~♪」の歌が元凶にある…みたいなこともそういえば昔聞いたことあったなぁ。フォニックス読みは英語の規則性に基づいた読み方なので,それがわかれば知らない単語でも読めちゃうようになるのだとか。ほー。
一般向けの教材なんかもあるらしいので,復習するといいかもねって上司が言ってました。

(余談だけど,私は中2の時に発音記号にハマって…というか新しい単語を書くときにスペースを稼ぐために,単語の横に発音記号と読み方をひらがなカタカナで書いてました。笑
それをずーっとやってたら,発音記号と読み方がわかってきて,別の単語でも「こう読むのかなー」って見当をつけられるようになったのは収穫でしたな…。)


最後に,「英語を嫌いにならないようにする」。「スペルを覚えることにこだわらない」ってところにも関係するのだと思うけど,結局嫌いになってしまったら,得意であろうが不得意であろうがやる気につながらなくなっちゃいますよね。という話。嫌いにならないために,「こういうやり方もあって,これでもいいんだ」と思えること(本人もだし,先生もその生徒さんに課すボーダーラインを下げる必要はあると思う)が大切なのだそう。たくさん書くのが苦手なら,今はタブレットとかで勉強できる英単語のアプリもあるし。書けなくても,正しいのはどっちかなーって選択できたり,これってこういう意味だよねというのがわかれば,それで良い!のです!漢字で薔薇と書けなくても葡萄と書けなくても,読めたり選択できればおっけ!ということにしましょうということです。


うまく伝わるのかいまいち自信がありませんが,自分のためのメモとして残します。もし何かのヒントになれば幸いです~。

Monday, August 22, 2016

「私たちは『買われた』展」に行ってきた。

ごきげんよう,カサハラです。

多分おそらく確実に,もういっこのブログにも後で書くのですが,なんだか早く書かなきゃいけない気がして,朝の通勤の時間でこの文章を書いています。

昨日はルノワール展からの私たちは「買われた」展に行って来ました。ルノワール展は会期終了一日前,「私たちは…」は最終日にすべりこんだのでどっちもコミコミでした。

人生の幸福から日本の闇まで,いっぺんに味わっちゃった感じ。

ルノワール展はさておき,「私たちは『買われた』展」ですよ…。

一昨日,バイトSでお世話になった先輩がFacebookでいいね!してて知った企画展。この先輩はいつも上質なものを教えてくれる,私にとってはお姉ちゃんみたいな存在。

で,(なんだこれ)ってなるじゃないですか。

公式webサイトを見てみると,売春経験のある10~20代の女の子達の声に触れられそうなものだとわかり,私のレーダーがものすごーい反応したのでおでかけしてきました。

今回の企画には24名くらい参加があったようで,展示会場には彼女達の手記というか経験談というか,そういうものと,それをイメージした写真が飾られていました。

経験談の一番下には年齢と学年(とか所属とか)が一緒に書かれていたのだけど,かなり壮絶な体験をされているのにまだ14歳とか,17とか。こんなにも若いというか幼い子どもが売春していることに驚き…というか,その中身がただただ衝撃でした。

そして24名の文章を読んで,

売春してお金をもらえることが「ありがたい」と思うレベルの生活水準の子どもがいること,
自分が被害に遭ったと思いたくないと思っているケースがいくつかあること,
学校の先生に話しても適切な対応をしてもらえなかったこと,
労働にまつわる知識が乏しいこと,
保護者が保護者の機能を成していないこと(親の気分で学校に行かせてもらえたりそうじゃなかったり),
家に役所の人が訪ねてきたらこう答えなさいと親に言われていること…

など,彼女達に共通して言えるものがいくつかあるなーと,読んでて思いました。

私は大学で中学・高校の教員免許を取ったときに,「高校で一番大事なのって実は公民じゃない?」と思ったのですが,それじゃ遅いなということも再認。もっと,自分を守るための知識は小学校でも中学校でもちゃんと取り上げなきゃなんだろうなと思いました。昨日の展示の中にも,小6から売春している子がいたもの。


仕方なくとか否応なしにとか,それで身を売る子どもがいるのはわかっているつもりだったけど,生々しい彼女達の経験にほんのすこし触れさせてもらえたようで,貴重な展示でした。

同時に,職業人として私はこの子達に何ができるだろうと思うと,少し途方に暮れました。

大人の私は何ができるだろう。

もーちょっと昨日の刺激をかみかみ咀嚼して,考えてみたいと思います。



そんな月曜の朝です。

おしごと行ってきます。

Sunday, May 8, 2016

いくつになっても自分のことはよくわからないし,ふとした瞬間に少しずつ考えては理解していく存在なのだろう。

ごきげんよう,カサハラです。

今日書くことはタイトルの通りです。

身体のことも,心のことも,自分のことはよくわかりません。

身体に関して言うと,昨年生まれて初めて「皮膚が薄いですね」と言われてうそーんと思っていたけれど,一昨日手でタオルを絞っていたらまたべろりんちょと皮がむけてしまって,やっぱ薄いのかもしれないと思ったり(そして痛い…),謎の腫瘍っぽいものを,なんとなく見つけかけています…。

心というとおっきい話だけど,思考とか感覚とか,そういうところも,自分で考えたりべんきょうしたり人と話しているうちにピピーンと来たりして,いくつになっても自分自身のことはよくわからないなぁと思います。

今日は,最近ピピーンときたことふたつを,忘れないために書いておきます。


下っ子感について(職場のエルサ先輩より)

「リカちゃんって下っ子感あるよね」

と,ある日ある時何でもない日,お昼の時間の話の中で,エルサ先輩が言ってました。

上っ子感 下っ子感 というのは,エルサ先輩の造語で,まぁ言葉のまんまで,お姉さん感妹ちゃん感とでも言えばいいのでしょうか。

私自身もそれに異論は全くなく,ぐいぐい引っ張っていくリーダーっぽい感じは皆無だし,自分で改めて書くのもアレですが,先輩によしよしされるのが好きな方です。笑

そう。後輩より先輩の方が好きなのは,以前から自覚していました。
男女に関わらず,年下より年上が好きです。笑
だから本当にその通りでーすって感じなんですが,

この「下っ子感」というワードをもらってから,私気づきました。

先輩って言うか上っ子感があるひとと合うんだわ,私。(正確に言えば合うような「気がする」。)

これまで大学やバイトなんかでいろーんな後輩というものに出会ってきたけど,「なんとなく大丈夫」な後輩と「なんとなく苦手」な後輩がいて,その違いって何だろうとずっと思ってきたのです。同じ後輩だけど,何が違うのだろうと。

そして気づきました!
下っ子感がある後輩が苦手だ!!
上っ子感がある後輩は平気だ!!!

なんだろう。下っ子感のある後輩は,キャラが被ってアイデンティティの危機を無意識に感じているのだろうか…。上っ子感のある子の方が,気持ちが楽なのだよね。なんか私とは違うなという感じがあって。私とは別路線だなって。

そういえば先輩でも,下っ子感のある先輩は苦手だったかもしれない。そんなに多くは出会わなかったけど。

…ということに気づいてから,なんだかとても世界がまぶしいというか。新たなお宝を発見したときのような気持ち。笑
職場にいる同い年の先輩とうまくやれているのも,先輩が上っ子感満載だからなのだと思う!

でもって職場の先輩からは,新しく入って来た後輩さんのうちの一人(私の隣の席。下っ子感ある。)と私のやりとりを見ていると,「リカちゃんが引いている」らしいので,うひょーまじかそう見えるのかーと思っています。嫌いじゃないんだよ。後輩ちゃんに罪はないのだよ。私の問題なのだよ。

原因がわかったから何か改善できるわけではないけど,でも新しいものの見方を得られたことは,大きな収穫です。


迫られると逃げる(大学院の先生より)

SVを受けています。
SVとはスーパービジョンのことです。
自分が担当している面接(ケース)をまとめ,熟達しているひとに見ていただき,助言をもらうことです。
私は大学院生のときから同じ先生に見てもらっています。大学院を修了するときに,「今後必要であれば職場のケースも見てあげるわよ」と言ってもらえたので,昨年の春から間が開いていたけれど,今年に入ってからまた見てもらうようになりました。

一回一回の面接を字に起こして,それを先生のところで読み,要所要所で止めてもらって「ここはこうなんじゃないの?」とかって言ってもらうわけです。
ケースのやり方についてはもちろん,時に私自身の態度についてもつっこまれます。

そうです。こないだつっこまれました。

ケースのことなのであんまり言えないですが,とりあえず前回私がゴリゴリ押して,今回その反応がクライエントからあり,クライエントから近づいてきた感があったのですが,それに私が応えきれなかったという感じ。それに対して「なんかせっかく来てくれてるのにカサハラさんが引いちゃった感じだね」と。




結構,

これは,

きました。




というのも,私自分が好きになった人とか,好きになられた人とかがこれだわと思っていたんです。前々から。(こういうのをインターネットに書くのも正直どうなんだと思いますが。自己理解…,自己理解のために…。)

いろいろ思い返せば,好きになられるとなんか引いちゃうひとでした。引いちゃうというか,どうすればいいのかわからない。嬉しくないわけではないのだけど,対処しきれない感じ。

この,引いちゃう感じというのは,恋愛に限らず,私の持つ対人パターンなのだと思うと,これって心理のひととしてかなり致命的なのではと思ってしまったのです。いや心理も致命的だけど人としても致命的かもしれん。笑

うわー。まじかー。

と,思っているところで,今日勉強会に行き,改めて復習したのですが,

【その人の持つ対人パターンは18ヵ月で決まる】

のでした。そうでした。生後18ヵ月の母親との関係が一生を決めるらしいですよん…。
1才半の私よ,何があったんだ…。(別に私は虐待もネグレクトもされてない,はず…。ぎゃわわん)



はー。やっぱり人と関係編むの不器用だー。だから心理職なんですよー。
FacebookやってもTwitterやっても直接の関係が重要なのだよー。
はー。克服したーい…。
迫ってくれる人を募集したーい…。(どういうこと)

…いや,迫ってくる人は誰でもというわけでもないか。男子だ。男性だわやっぱ。女子にはいくら迫られても引かない。はず。いや違う。今後輩がぐいぐい来て私引いてるらしいから。傍から見たら。
あぁぁぁぁ~。


うーん,自分自身を理解するのってムズカシイなぁ。
とりあえず不器用だなぁ。
近づきたいのに(心理的に)近づけないのはなぜだろう。

近づきたいのに。



そんな,最近考えたり理解したことでした。おしまい。

今日の一枚。信濃川だよ。新潟駅からりゅーとぴあへ向かう時に。
こんなふうに穏やかになりたい。

Thursday, May 5, 2016

考えたり思い出したり。

何年か前に

「時間って劣化するクオリティだよ」

と,言われてから,

私にとっての時間とは何なのかを考える日々です。

ごきげんよう,カサハラです。



この人の,この言葉を受けてから自分なりに考えた末,私なりの結論は

「時間はご褒美と罰」。

多分「罰」の部分には“劣化するクオリティ”とやらを含んでいるのだろう。

友達でも家族でも好きな人でも,会える時間はご褒美。

何かによって苦しめられる時間は,罰。

だからもし大切な人や好きな人達が死んでしまって,私が取り残されてしまったら,

そこから先はずうっと罰の時間なのかもしれない。


“劣化するクオリティ”に対して私は,

「熟成にはならないの?」と聞いてみた。

相手はうーんと少し考えて,やっぱり劣化するクオリティなのだと言った。

「新しいものを取り入れないと,だめなんだよね」とも言っていた。

劣化というと,コピーのコピーを連想する。

ああ確かに,コピーしたものをコピーしたやつは,きれいじゃない。


家に帰って,そういえば熟成も腐ることも,結構似たようなもんだなと思った。

ワインになるか,ただの腐ったぶどう水になるか,

熟成肉になるか,ただの腐った肉になるか,

キムチになるか,ただのすっぱい白菜になるか,は,

ちょっとした湿度や管理の仕方によるんだろう。熟れるも腐るも連続体なのだ。


最近赤ちゃん2人に続けて会ったので,その子達と私を比べてみると,

果たして彼女達と私では,本当に私の方が劣化していると言えるのだろうか。

比較対象が極端なのだろうか。もうよくわからないぞ。




とりあえず,今こうして生きていてくれたら,それでいいのに。

劣化していくからって拒絶していたら,

死んだら,劣化もなんもないんだからねって。どうせいつか死ぬんだからねって。

今会えたり話せたりする「ご褒美」を,どうしてちゃんと味わおうとしないの。



そんなことを,考えたり。思い出したり。

今日の一枚。高3の県大会後,学校から帰れない時に撮った一枚。
「軟禁の早春賦」とタイトルをつけてmixiにupしたら先輩がほめてくれたな。笑

Saturday, February 27, 2016

プロの仕事をしようよ

教育系の心理職として働いています。ごきげんよう,カサハラです。

今の職場に拾われ,もうすぐ満2年です。今日の日記は社会人3年目を迎えてしまう私の,態度のでかくなりつつある様が表れるものになるでしょう。そして確実に長いです。スミマセン。


お仕事で,人様の知能を測っています。いわゆるIQというやつです。この結果をお医者さんに持っていって,数値によっては知的障害という診断がつくような,そんな資料になるような,超個人情報を扱っています。

テレビやアニメなんかでは,どれだけアタマがいいかみたいな感じで扱われがちですがそうではなく,そのひとのベースの力を測っております。この力を使って,人は新しい知識を獲得していくことができるのです。
ですので…学力テストなんかとは全く別物で,例えば「結果が平均のちょっと下だったから,頑張って勉強すれば次は平均に入るかも」とかじゃないのです。アタマの使い方を見ている検査なので。

私も大学5年の時に検査を受けたので,自分のIQがいくつか知っています。ほぼ平均ど真ん中の,ごくごくふっつーの数値です。それでも,誰かに知られるのはすごく抵抗があります。自分の裸を見られるより,知られたくない情報です。

まぁ裸より数値はあくまでも私の主観ですが,でもそんな,超個人情報を扱っています。


私の働いている職場は,申し込み時の内容によって相談がメンタル系の部署と発達系の部署に振り分けられ,それぞれの心理が担当していきます。知能検査は私の部署しか扱っておらず,メンタルの部署で検査…となる場合は,こちらの心理が検査だけ担当してきました。

がっ,最近そのルールも変わり,メンタル系の心理も検査を取っておっけーということになりました。そもそもメンタルでも発達でも持っている資格は同じで,その資格を持ってるということは検査もとれる(はず)という感じなので。どれくらい検査の経験があるかは個人差。


知能検査でも心理検査でも,なぜ施行するかと聞かれたら,それは相談者の理解のために他なりません。これこれこういうところに困っていたのは,そういうところに特性があったからですねとか,気のせいだと思っていたけど,やっぱり気のせいじゃなかったですねとか。根拠に基づく結果が出ることによって,その人を理解できたり,困りを軽減するためにはどんな対応が必要か考えることができる。
だから,当然ですが,その検査は正しく施行されなければならないし,正しくスコアリングされなければならないし,妥当な解釈ができなければなりません。取ったら終わり,じゃなくて,解釈までが検査です。テスターの仕事です。


で。メンタル系の心理さんが先日初めて検査を取ったのです。スコアリングが終わったようで,パソコンにデータを入力する方法を教えてほしいと言われたので私がお伝えしました。その際やり方を伝えるために彼が使用した検査用紙をぱらっと見せてもらったのですが,超凡ミスを発見。院生がやるレベルのミスを発見。
ここは結果に大きく関わるところなので,言わない訳にはいかないと思い,伝えるワタクシ…。言葉選びが大変だった…。

データ入力後は,「解釈とか教えてね」と,聞こえる感じでは解釈をこちらの心理に丸投げしてくるっぽい発言を向こうの心理さんがしてきたので,そんなことされてたまるかと思い解釈の本を強制的に貸しました。笑
検査に限らず,何か質問するにしても,「自分はこう思うけど○○さんはどうですか」というような聞き方が建設的な聞き方だと思っているので,向こうの別の心理さんにも『テスターじゃないとわからない部分も多いので。(何もわかりません状態では聞きに来ないでくださいね。)』とやんわり伝えておきました。こちらの先輩と共に。


もっと丸投げというか,いろいろ聞かれるかと思ったのですが,そんなこともなく,保護者の方への報告はいつするのかしらと思っていた昨日のこと…。


「カサハラさん,これから報告なんだよ」
と例のメンタル系の心理さんが言っていたので,
『検査の結果と実際のご様子と,一致するところとかありましたか?』
と聞いてみました。

「うん,~~~っていうところとか。」
『え,それって検査のどこから言えるんですか?』
「いや,それは行動観察からかな。」
『あぁー。そうなんですねー。(検査の意味よ…)』
そして流れで検査の記録用紙を見せていただけることに。

が。

衝撃。






スコアリングが…超間違っている…。



ていうかこれ,本当にマニュアル見てれば絶対ミスしないところなんですけど…。という次元のミス。





前に『スコアリングで悩むところとかなかったんですか?』と聞いてみたら「あったけど,マニュアル見ながらつけてみたよ」と返ってきたので,そうですか…と思っていましたが…。

でも多分,同じ部署の先輩達に聞く限り,スコアリングでも解釈でも,毎日検査をバンバン取っているこっちの部署の心理には何も相談がなかったので,こちらもできているんですねと受け取るしかできなかったし…。(お隣の部署に教えることが業務に入ってるわけではもちろんないですが,適当にやられては大変迷惑なので。)

正しく測定できていない結果を返したところで何にもならないし,全てにおいて優先されるべき事項・相談者の利益にぜんっぜんなってない。というか悪影響。少なくとも保護者の方は,お子さんの本当の姿とズレた理解になっちゃうじゃないの。
書類の名前はこちらと共通の名前で発行されてしまうから,なんかもう本当にいい迷惑です。



ということで昨日の放課後,上司に報告…。こんなことが毎回されたら本気で嫌なんですけど…。


今回検査を担当した人は,その他の言動と合わせて考えると,“実績作り”をされたいようで。検査とか,身内の勉強会の講師とか(身内の勉強会の講師が実績になるんかって話ですが)。

そんな,ご自分の経験のために検査取るのもどーなのよと思うけど,っていうか別にそれはどーでもいいけど,そんな杜撰な検査に何の意味も価値もないですよと。思うわけです。




プロなら,

プロの仕事をしようよ。

新しいことに手をつけるなら,やり方がこれで良いのか常に確かめてほしいし,
資格があってこそできることなのだから,責任をもってほしいし,
自分の利益は置いといて,まずはクライエントの利益を優先してほしい。

わからないことはわからないと聞くスキルを発揮することも仕事のうちだと思った件でした。
たとえこちらの部署の心理が,彼から見れば全員年下の女で,勤務年数も短い人達であっても。




あぁぁぁ~。とにかくもう,干支が一回りくらい違う年上のこの人にびっくりしすぎて,今日だけでも10回くらいこの件について思い出してしまいました。あぁぁ…。(相談はじまる直前でも,むりくり「先輩コレ間違ってますよ」って言って止めればよかったかなとか,そういうのも考えている…。)

うぅぅ…。



という,自分の職場のヤな部分を晒すようで,アレですけど,自戒の意も込めて。

Thursday, February 4, 2016

抱えられないこと。

年度終わりは決まって人生の迷子になります。カサハラです。ごきげんよう。


関東大会が終わったので,Twitterの設定(非公開にしてた)を元に戻しました。
大会規模が大きくなるとその分ツイートもいろいろなところに出回ってしまい,いろんな地域の方からフォローされちゃったりなんかすると申し訳ないなーと思っていたので…。(結局自分の好きなことと長野県のことしかつぶやかないから。笑)


そんなわたくし,日々高校生の皆さんのTwitterを眺めていて気づきました。


LINEはスクショされるのにメールはされないな。


ということ。


メールの代替手段としてLINEが世の中に浸透していると思っているのですが,LINEだって立派な一対一のやりとりじゃないですか。一応特定の相手に発している,手紙やメールと似たようなものじゃないですか。

なのになんでやたらLINEはスクショされるの?LINEは自分が発している言葉が載っているから?LINEそのものが公開的だから?(うまく言葉で表現できないけど。メールが閉鎖的なものだとしたら。それとベクトルが正反対というか。)


ていうか,


LINEは他人に晒されること覚悟で送らなきゃいけないと思うと超コワイのですが…。



公開している当人は,自分と相手とのやりとりの楽しさを周囲に知ってほしくて,共感してほしくて,ポチっと公開していると思うのだけど…。

その「相手」がそれを発見したときに,どんな気分になるか当人はどこまで考えているのかな。とかね。思っちゃうよね。誰かにチラ見せしたいのなら,本気でこっそりチラ見せしなよと思っちゃうのがアラサーな私の感じ方です。(そんなこと言うならフォローしなきゃいいじゃんという話になりますが。)



だけど高校生に限らず,我々大人も。
M2のときに集中講義で来て下さった臨床の有名な先生が,「最近はセッション(面接)であったことを抱えきれずにSNSとかに書いてる人もいるんだよね。」みたいなことを仰っていたのを,思い出しました。
一対一の関係性って,もっと濃密で,閉鎖的で,特に心理療法で繋がっている関係なんて繊細なものだと思うんですが,その重たいものに持ちこたえられてこその臨床家なんだぞーってことを,先生は伝えたかったのだろうと思います。

私も,SNSに持ち込んでしまうほど抱えられないということを,今まで100%しでかしていないかとなると…断言できないですが。でも職場内で収めるようにしてるつもりなのでね…。

なんだろう。仕事柄余計にもにゃもにゃしちゃうかな。一対一のLINEとかはね。
多分メールはそんな晒さないだろうからね。LINEってフシギな感覚のツールだね。



っていう,抱えられないことの,話。
自戒の意味もこめて。


バレンタインが近いので,無駄にチョコの写真とか載せてみる。
ゴンチャロフのねこさんチョコ。かわゆし。

Monday, February 1, 2016

1月14日のできごと。

もう半月前のことになりますが,

赤い修正液ちゃんの働くお店に,まっちょと共に行ってきましたー。

最近,中学時代の友達に会えることが多くて嬉しいです。


(赤い修正液?まっちょ?ってなるそこのあなたは「このブログに出てくるひと」をご参照あれ。)


修正液ちゃんが新宿はゴールデン街のバーで曜日ママをやっていることはちょっと前から知っていましたが,みなとくんはしょっちゅう行っているということを知りうらやましくなり(笑),まっちょに「行かない?」って誘ってみたら『いくいくー♡』ってなったのです。

本人には内緒で,14日の当日,仕事帰りに新宿へ。まっちょとゴハンを食べて,いざ新宿ゴールデン街!


初めて行きましたが,外国人の観光客の方がいっぱいでびびりました。
後で知ったのですが,今外国人向けの観光ブックでは渋谷のスクランブル交差点よりもゴールデン街がプッシュされているようです。ほえー。


若干迷いましたが,お店にとうちゃーく!修正液ちゃん,「えぇぇぇぇえええーーーーーっ」って,びっくりされておられました。笑
でも喜んでもらえたー。わーい。うれしいうれしい。

21時半くらいにお店に行って,24時くらいに私達以外のお客さんが帰って,表をしめてもらって。
そこから26時半くらいまで,中学時代のこととか,高校時代のこととか,いっぱいくっちゃべりました。

知らなかった。あの子が,そんな思いをしていたなんて。



不登校になったり,ごはんが食べられなくなったり,家族でたいへんな思いをしたり,
私達はいろいろなことがあったね。


ということがよくわかった夜。

それでも,


今こうして,たとえボーナスがなくても,アルバイトでも,東京で,親元を離れて,働いていること,生きていることがスゴイよ。私達。
がんばって生きてるじゃん。


ということがよくわかった夜。




私は,修正液ちゃんが高校の途中で部活を辞めたの,私のせいじゃないかとどこかで思っていた。

だから苦しくて,話しかけるのも怖くて,同じ講座だったのに全然喋らなくなった。

だけどそうじゃなかった。そんな次元の話じゃなかった。

でもって,「あのひとが担任じゃなかったら,私今頃引きこもりだったかも。とにかく就職しろと,先生がいろいろ言ってくれた。」と,彼女にとっての担任,私にとっての顧問の話をしていた。

そうなんだ。今度会ったら,それ伝えてあげようと思ったけど,未だ果たせずにいる。
ただの演劇部の顧問じゃなかったんだなと再認した。笑





お金ないけど,

大人になってよかった。

自分を自分でコントロールできるというのは,

とてつもない自由だ。

孤独はつきまとうけれど,とてつもない自由だ。

私達は,親元を離れて,地元を離れてこそ,生きていける。気がした。



26時半にタクシーを拾って,まっちょと二人で乗って,先に彼女を下して,私の住むエリアまで30分。3時半くらいに眠りに就いて,6時に起きて,7時半過ぎの電車に乗って出勤できた私えらいと思う。笑

「遊んだ」と言うにはキャピキャピ感など皆無だったけど,とても濃い,忘れられない夜だった。
そんな1月14日。木曜日の夜。

赤い修正液ちゃんが書いてくれたでんぴょー。「リカ 様」って書いてくれました。わーい。

Thursday, December 17, 2015

今年度最大の仕事が終わったの。

今年の,私の事例検討会が終わりました。

昨年は1年目だったから,同じ1年目のひとと一緒にちっちゃい事例を出したのだけど,今年はまるまる2時間半,私の事例…。



おかしい…。泣く予定なんてなかったんだ…。



ていうか今年度私職場で(しかもかなりの人の前で)3回くらいだふだふ泣いてるんだけど。やばくないか。もっと定期的に涙を出さないと,へんなところで出ちゃってやばくないか。中途半端に出ると全然泣き止めないし。
泣きながらおちゃらけるしかない自分に,自分の限界を感じた気がしました。笑

ていうかていうか昨日の先生初対面なんですけど。

初対面で泣かれるって…。ひどすぎる…。(-ω-)チーン。



でも,不安が不安だとわかってよかった。このもやもやが,不安だとわかってよかった。
自分が未熟だとわかってよかった。
言っていいんだってわかってよかった。
褒められてうれしかった。
こういうふうにやりたいということが意識化できてよかった。



上司は心理のひとじゃないから,つまらないんじゃないだろうかとか,

私の単調な語り口で同僚のひとを眠らせてしまったらどうしようとか,

そんなことを考えていて,

自分の思考のカタさもよーく実感できて,

でもそれを先輩は受け止めてくださって,

情けなかったりありがたかったり嬉しかったり,いろーんな感情がわんさか溢れた2時間半でした。



生の,生の感情に触れることに,触れられることに,

怖さがないといえばそんなの超超超ウソだし,未熟すぎてギャーンってなるし,悔しいし,パターンじゃないことを投げられたときに対処できない自分は超嫌だ。

だけど,やめられないよ。Twitterやってるとお芝居面白いなってことを高校生達が教えてくれるけど,お芝居以上に手触りのあるお仕事です。



先生が,「なかなかこういうことは教えてもらえないけど」と言って教えてくださったことがとても新鮮で,なるほどと思った。

こういう介入(事例検討会での助言)があると,これまで連続していたものが,クライエントにとっては不連続になる。不自然になる。検討会を経て,こちらは変わっているはずだから。変わっていないと,この2時間半の意味が全くないから。

この,不連続や不自然について,私達はクライエントに説明する必要があるということ。そうか。そうだね。じゃなきゃただの気まぐれな大人になってしまう。

修士に入って以降,そんなこと誰も教えてくれなかったなぁ。新鮮な見方。




抱えてもらえることは,力になります。

このタイミングで見ていただけて本当にありがたかった。
柔軟に,でも中立を保って。
心理士として,熟達していきたい。昨日は改めてそう思った日なのでした。

Saturday, December 12, 2015

ご報告。

下旬に来ると思っていたものが今日来たので,ご報告。



昨年落ちた試験,今年はパスすることができました!


これで私も4月から,りんしょーしんりしと名乗ることができます!






やったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。




はー。

嬉しい。

嬉しいです。


学部3年生のときにりんしょーしんりしになりたいと思い,早6年。いや早くなかった。長かったかも。だって6年ですもの…。笑

当時教育を専攻してたけど,臨床心理学を勉強したいって言い出して,予備校行かせてもらって,大学院に行かせてもらって。そして去年落っこちて。笑

やっと,スタート地点に立てることになりました。

両親やきょうだい,友達,恩師などなど,支えて見守って下さった方々に改めて感謝です。

これが夢が叶ったという感覚なのでしょうか。よくわかりません。



昨日は久々にお疲れ頭痛が出て,首も肩もばしばしに凝って,頭痛もして,すごーくつらくて寝落ちしてしまいました。
ストレスで起きた頭痛。仕事のストレスで起きた頭痛。正直しんどかった。
でもこれはきっと序の口で,これからもっとたくさん,そういうのが増えていくんだろうな。もしかしたら,自分の知識や経験があったら,もっとじょうずにできたかもしれない。
なりたくてなった仕事。決めたからには,ほんものになりたい。

ストレスでも,アタマ痛くなっても,決めたからには,ほんものになりたいし,誰かの役に立ちたい。
好きなことを仕事にしてごはんを食べたい。そうやって生きていきたい。






人生の先輩さいたまさんがLINEで送ってくれた,
「なりたいものに
なれたのはカサハラが頑張ったから。」
という言葉が,とってもとーっても嬉しかった夜でした。

まとまりなくてごめんなさい。とにかく報告でした。これからも勉強します。精進します。

学部3年生のときに,4限が終わったあたりでキャンパスから撮った写真。お姉ちゃんの誕生日でした。

Sunday, November 22, 2015

「平均」を知ること。

ここ最近,平均的な発達の力を実感することがたくさんありました。

私は普段のお仕事で,年長さん~中学生くらいのお子さんにお会いしています。が,発達にでこぼこがあったり,その学年の学習についていくことが難しいお子さんが多いので,たまに(この年齢ってどれくらいのことができるんだっけ。)と,“平均”がわからなくなってきます。
でもやっぱ,先輩が掛け持ちしているお仕事の話を聞いていて,「昨日仕事で保育園に行ったら,2歳児さんが給食の時間に全員の配膳が終わるまでちゃんと待ってたんだよ~」とか,「4歳児さんははさみバリバリできるね!」とかそんな情報が入ってくるので,そうなのかーと勉強しています。


そして先日,私が掛け持ちして働いている小学校の作品展がありました。全校児童のいろーんな作品が一度に観られる絶好の機会♡
勤務日じゃないですが!
無給ですが!
絶対素敵だと思って観に行ってきました!!!


作品ももちろんよかったんですが,それと同じくらい良かったのが6年生による「学芸員」のお仕事。
各作品について説明してくれるのです。1~5年生の作品も紹介するので,どこがどう大変だったとかここがこだわり…なんてことも,実際にクラスに出かけていって聞いてきたみたい。

こんな魅力的なものに私が食いつかないはずがない。笑

ほぼ6年生の話を聞いて回ることで午前中は終わってしまいました…。
でもすごいね6年生って。あんなに他者を意識して喋れるんだ。それぞれ何を喋るかはあらかじめ決めていたみたいだけど,興味津々の私は,6年生の解説の子には「○○さんの作品はどこ?」「どういうとこがポイント?」とか,それ以外の学年の解説の子には「△△さんは,この作品の中だったらどれが素敵だと思う?」「何で?」とか,ガンガン聞いてしまった。

お子さんによって反応は様々で,「えー。そんなふうに観たことないんでわかりません」と答える子もいれば,「いやぁ,全部おすすめです!」みたいな子もいれば,「僕はこれがいいと思います。なんか他と描き方が違って,きれいだなって思います。」みたいにきっちり理由まで含めてお話できる子もいて!!!びっくり!びっくりです!!!そうか6年生ってこんなに主体的に&相手に伝わるように喋れるのね!
3年生の作品を説明してくれた6年生が,まるで自分が作ったかのようにお話している姿が非常に印象的でした。

あと図工の作品以外に家庭科の作品(クッション)展示もあって,家庭科の先生にお話を伺ったところ,「この配置は,『隣同士であんまり色がかぶらないようにねー』って言って,本人達にやらせたんです。」とのこと…。クッションはキットで作っているので色の数は限られているのだけど,同じ色で固まっているレイアウトは全然なくて。6年生の理解と行動できる力にただただびっくり。すごいな6年生。

児童というより主に6年生か…。でも,この年でこんな作品作れるんだ!というものがたくさんあって,とってもとっても刺激的な作品展でした。


+++


その翌日は他大学におでかけ。
赤ちゃんを心理学的に分析した事例の発表を大学院の同期と聞きに行ってきました。
生まれたばかりの頃から2年間,赤ちゃんを定期的に観察するというものなのですが…

赤ちゃん,すごいぞ。

というのが率直な感想。定型発達(という言葉が嫌いな方もいらっしゃいますが,いわゆる平均的な発達を遂げている赤ちゃんを指すことにします)の赤ちゃんの心の動きっぷり,他者との境界線の引き方,相手の反応を引き出す仕掛け方に,ただただ驚き。私もこの観察,やってみたくなりました。笑

こんなにも豊かな心があって,社会的な生き物なのか,赤ちゃんって…。やー。正直びっくり。この豊かさをさらに深められるかは,環境や関わり方にもよるんだろうな。

でも私も昔は赤ちゃんだったので,自分はこんな関わり方をしてもらえていたのだろうかと思うと,少し苦しく感じるところもあり。それがこの観察の難しいところでもあるみたいです。

そういえば9月に実家に帰省したときに,我が家の3きょうだいの発達を比較するために母から母子手帳を拝借して記録を見比べたことがあったのですが…皆そこそこ普通に育っていたので安心しました。笑
母もそこそこ私に関わってくれていたよう…。

だけど赤ちゃんと母親が関わることって,時間的・精神的余裕がないと難しいというか…,質が落ちてしまうよなぁと思うと,現代のお母さん達って大変なんだろうな。
あと発達でこぼこの赤ちゃんたちは自分からの発信が少なかったり独特だったり,母親に(通じ合ってる!)と思わせる力が弱かったりするので,そういうところも子育てに難しさをつくってしまうのだろうなーとも感じました。



そんなわけで,子どもの「平均」の能力の高さを感じた2015年晩秋です。

さらにそういえばM1のときに履修した学校臨床の授業で,先生の「クラスに入ったらまず何をしますか?」という問いかけに対して,『気になる子を見ます』とばかり私達は答えていたのですが,「まず普通の子どもを見ましょう」と伝えてくださった先生の言葉がときどき私の肩をトントンしてきます。
平均を知ることで,初めてそこからどれくらい外れていると大変なのか,しんどいのかがわかる。目の前の子どもについて,主観の目と客観の目,どちらもバランスよく使って見られたら良いなと再認しました。
この仕事を続ける限り,こころのべんきょうは終わらないです。

今日の一枚。2011年の冬に,浜松町の世界貿易センタービルから撮りました。
「東京」も日本の平均からかけ離れていることを再認するための,一枚。

Tuesday, June 16, 2015

表象機能の発達と演劇における見立てについて。

最近書きたかったこと,ようやく文章化できた!相変わらずとっちらかってるけど。ご興味あれば,お付き合いください。

今回のお題は【表象機能の発達と演劇における見立て】について。思うところをつらつら書きたいな~と思います。

◎もくじ◎
 ◆はじめに
 ◆“演劇の強み”がある舞台に必要なもの
 ◆NODA・MAPの『THE BEE』(再演)Japanese versionパンフレットより
 ◆再度主張
 ◆「見立て」は誰にでもわかるのか
 ◆まとめ

でお送りしたいと思います。
長いので区切ります。続きはぴっとクリックしてくださいまし。

Monday, June 15, 2015

お仕事を通して思うあれこれ。2015梅雨。

最近考えること。それは。


クライエントの利益になっているかを考え続けないのは怠惰だと思うということ。


相談者のことを,心理の世界ではクライエントと表現することが多いです。
来所したからには,私達は彼らのプラスになること(利益)を提供することが求められます。それが心理療法なのか,環境調整なのか,他機関への紹介なのか…とかは,当然相手によって違います。

私の所属する相談室は,メンタルの部署と発達の部署があります。相談の窓口はひとつだけど,相談内容によってどっちかの部署に振り分けられるしくみ。私は発達の部署。もともと発達に強いから採用されたわけではなく,採用された部署が発達だった…みたいな感じで,就職してトレーニングを受け経験を積んできたひとです。

「振り分けられた方の要素からしかクライエントを見られない」というのは,自分のやり方にクライエントを無理やり押し込めるようなもので,メンタルの部署であっても発達の,発達の部署であってもメンタルのアセスメントができなければだめでしょというのが私の念頭にあります。自分が提供しているものが適切かどうかという見直しは常になされるべきだし,それをしないのは怠惰だと思うわけです。

というか心理職と名乗る以上,発達も医療も法律も万遍なくべんきょうしているはずなので,「全くわからない」というのも怠惰!「今は家庭科の専科だから国語教えられません」という小学校の教師のようなもの。例えて言うなら。(←こんな先生が実際にいるかはさておき。)
いや小学校の先生なんだから算数も理科も一通り勉強したよね,って。今は専科かもしれないけどさ。って。得意でなくても,やれるひとのはずですよねって。

クライエントのいちばん利益になることは何なのか。それを考えなければ仕事してることにならないと思うのです。自分が今やっていることより,他の方法の方が良いかもと思ったら,その道も検討する!するの!!



…っていう,まとまらないけど,ここ最近の心の声です。
この文を書いていて,変にプライド持つと曲げられなくなるんだろうなということをうっすら感じます…。
「わからない」が素直に言えなかったり,知ったかぶりしたり,今の自分の立場を弁えられない。そんなふうになってきたら,おしまいだなと自分に言い聞かせたい。です。

数年後にこの日記読んだら,なんて思うのかな。この時の気持ちと全く一緒だったら,それはそれで嫌だな。笑



というわけで,未来の自分に向けて書く,社会人2年目カサハラさんの日記でした。ちゃんちゃん。